野いちご源氏物語 三五 柏木(かしわぎ)

(あか)りを近づけて姫宮(ひめみや)様からのお返事をご覧になる。
筆跡(ひっせき)はとても(はかな)げだけれど、ご結婚当初に比べれば成長なさっているの。
「ご病気のこと、心苦しく聞いております。私に何ができるわけでもありませんけれど。私も(けむり)になって消えてしまいたい。すぐにその日はやって来るような気がいたします」
ついに頂戴(ちょうだい)できた短いお手紙を、衛門(えもん)(かみ)様はありがたく、もったいなくお思いになる。

「死んでも忘れません。最高のこの世の思い出だ」
ますますひどく泣きながら、お返事を少しずつ書いていかれる。
文章は途切(とぎ)途切(とぎ)れで、ご筆跡も読めるかどうかあやしいほど乱れているの。
「煙になりましたらあなた様のあたりまで(ただよ)ってまいりましょう。よくお探しくださいませ。私が死ねば源氏(げんじ)(きみ)のお怒りも()けるでしょうから、どうかご安心なさって、ときどきは私のことを思い出してくださいませ」

そこまでお書きになるのが限界で、小侍従(こじじゅう)にお渡しになる。
「これでよい。遅くならないうちに六条(ろくじょう)(いん)に帰って、こうして死んでいったと姫宮様にお伝えしておくれ。死んだら世間はどんな(うわさ)をするだろうか。姫宮様とのことを疑われなければよいが。死んだあとの噂さえ心配になってしまうような恋を、どうして始めてしまったのであろうな」
よろよろとご病室にお戻りになる。
<いつもはご用件が済んでも帰してくださらなくて、姫宮様についてのささいなお話まで聞こうとなさるのに>
と思うと、小侍従はすぐに退出することもできず泣いている。