野いちご源氏物語 三五 柏木(かしわぎ)

それから大将(たいしょう)様はたびたび(おんな)()(みや)様をお見舞いなさる。
四月ごろの空は心地よくて、新緑の木立(こだち)も美しい。
だけれど宮様と(はは)御息所(みやすんどころ)は何をご覧になっても悲しくて、心細くお暮らしだった。
そんなところへ大将様がいらっしゃったの。

(すだれ)の向こうに、喪中(もちゅう)らしく灰色のついたてが置いてあるのがうっすらと見える。
その奥にいる女房(にょうぼう)たちや女童(めのわらわ)喪服(もふく)を着ているようだから、お分かりになっていても大将様のお胸はざわつく。
今日は縁側(えんがわ)ではなく()(えん)をお選びになって、さわやかなお庭を(なが)めていらっしゃる。
「大将様ほどのご身分の方に濡れ縁では失礼でございますから、いつもように御息所がご応対なさってくださいませ。そうすれば縁側にお入りになりましょう」
女房がお願いするけれど、近ごろ御息所はご体調がお悪い。
ものに寄りかかって休んでおられるので、仕方なく女房が応対役に出る。

お庭の木立は何の心配事もないように青々とした葉を(しげ)らせている。
柏木(かしわぎ)(かえで)は枝を交差させて、他よりもいっそう若々しい色の葉がきらきらしている。
「おまえたちは仲が良さそうだな」
大将様はつぶやいて、そっと縁側にお入りになった。
くつろいだ格好でお座りになる。
簾の奥のお部屋には女二の宮様がいらっしゃるの。
「お庭の柏木と楓のように、私と仲良くなってくださるおつもりはありませんか。柏木の神様もお許しになると思うのですが。簾のなかに入れていただけないことが(うら)めしゅうございます」
()真面目(まじめ)な大将様だけれど、未亡人(みぼうじん)のお若い宮様に興味が()かれて(うわ)ついことをおっしゃる。

「御息所とお話しになるときのきちんとしたご態度もよいけれど、こういうお姿もすてきね」
女房たちはひそひそとほめそやす。
応対役の女房を通じて宮様がお返事なさった。
「そもそも柏木の神様はもうこちらにいらっしゃいませんけれど、いずれにせよ皇女(こうじょ)の私がむやみに男性を近づけるわけにはまいりません。突然そのようなことをおっしゃっては見下されたような気がいたします」
<おっしゃるとおりだ>
大将様は苦笑いなさる。

御息所が出ていらっしゃる気配がしたので、さっと()ずまいを(ただ)される。
「世の中を悲しんで何か月も(しず)むように過ごしていたせいでしょうか、心が乱れてどうにもぼんやりしておりまして、失礼いたしました。たびたびお訪ねいただいていることがありがたくて、気力をふりしぼって起き上がってまいりました」
本当にお具合が悪そうでいらっしゃる。

「お(なげ)きはごもっともですが、ご体調を(くず)されるほど思いつめなさってはよろしくありません。何もかも運命で決まっていると申しますから」
御息所をお(なぐさ)めしながらも、大将様は宮様のことをお考えになる。
<先ほどのお返事からして慎重(しんちょう)なご性格のようだ。未亡人になったらなったで気楽にお暮らしになるような方ではあるまい。(ほこ)り高い皇女としては臣下(しんか)とのご結婚だけでも恥とお思いだったろうに、一年()つかどうかのうちに未亡人になって、いっそう世間体(せけんてい)が悪くなったとお苦しみだろう>

ますますお心が惹かれて、宮様のご様子を御息所にお尋ねになる。
ご自身でもどのような方か想像してごらんになるの。
<衛門の督が満足していなかったのだから、お顔立ちはそこまでお美しいわけではないのだろう。しかしおそろしくひどいというほどでさえなければ、女性を見た目で判断してはいけない。それは品の悪いことだ。結局はただ人柄(ひとがら)だけが大切なのだ>

「私をお亡くなりになった夫君(おっとぎみ)のようにお思いくださって、親しい者としてお(あつか)いください」
いかにも口説くというふうではないけれど、熱心に宮様におっしゃる。
お背が高くご立派なのを拝見して、女房たちは亡き衛門の督様とお比べしている。
「宮様の婿君(むこぎみ)は優しく上品で愛嬌(あいきょう)あふれる方でいらっしゃったけれど、こちらは男性的で華やかで、ふとしたときに『あぁ、お美しい』とため息が()れるような方ですね」
ひそひそと話して、
「どうせなら新しい婿君としてこのお屋敷に出入りしてくださったらよいのに」
と言う女房もいるの。