衛門の督様のご正妻はついに夫君の死に目に会えなかったことで、運命を恨んでおられる。
広いお屋敷はだんだん人気が少なく心細い雰囲気になっていくけれど、親しくお仕えしていた人たちはちらほらとお見舞いに来る。
衛門の督様がお好きだった鷹や馬の世話をする家来たちは、もはやどなたのために働いているのだろうかと、しょんぼり出入りして世話をしている。
お部屋にはご愛用の家具やお道具がそのまま置かれている。
いつも弾いていらっしゃった琵琶や和琴は、もう弦が張られていなくて音も鳴らない。
お庭の木立に花が咲いている。
人が死のうが、残された家族が悲しんでいようが、花は必ずその季節に咲くのよね。
未亡人におなりになった宮様はぼんやりと眺めていらっしゃる。
おそばの女房たちも喪服を着ていて物寂しい。
そんな昼ごろ、華やかなお行列の騒ぎが聞こえたかと思えば、こちらのお屋敷に入ってくる気配がある。
「あぁ、衛門の督様がお帰りかとうっかり思ってしまいました」
そう言って泣く女房がいる。
<亡き夫の弟君たちのどなたかだろう>
と宮様が思っていらっしゃると、美しくご立派な大将様がお入りになった。
縁側に客席をご用意する。
女房が応対しては失礼なお相手なので、ご正妻の母御息所が簾越しにお会いになった。
大将様がお見舞いを申し上げなさる。
「衛門の督は私にとって従兄で義兄で親友でございました。死を悲しむ気持ちはお身内の方々と同じように深うございましたが、恐れ多いこちら様に身内顔で駆けつけるのは気が引けまして、それで世間と同じ時期のお見舞いとなってしまいました。
亡くなる間際、衛門の督は宮様のことを私に言い遺しましたから、これからもたびたびご機嫌伺いに上がらせていただくつもりでおります。私とてあとどれほどの寿命かは分かりませんが、命のあるかぎりは誠意をご覧に入れたいと存じます。
あちらの父君はお心を激しく乱していらっしゃいますとか。親子の別れはもちろんつらいものでしょうが、夫婦の別れのお悲しみは私などの想像を超えておりましょう」
涙をぬぐいながらお話しになる。
まぎれもなく気高い方だけれど、お優しい誠実な雰囲気もおありなの。
御息所も鼻声でお返事なさる。
「寿命をはじめ何もかも確実なことはない世の中だからこそ、悲しいことが起きるのでございましょうね。若くして未亡人になる人というのはまれにいますから、おつらくても生きていかれるしかないと私のような年寄りは思いますけれど、宮様は不吉なほど思いつめていらっしゃいます。ご自分まで死んでおしまいになりそうなのです。
私は更衣の身分でしか入内できず、男皇子様もお産みできませんでした。上皇様はご出家なさり、その代わりとして頼りにするべき婿君は、あっけなくお亡くなりになってしまいました。この上さらに宮様にまで先立たれてしまったらと思うと心が落ち着きません。すべては、生まれつき運の悪い私が長生きしてしまったせいですけれど。
亡き婿君とそれほどお親しいご関係だったのでしたら、すでにご存じでしょうか。私ははじめからこのご結婚に反対だったのです。しかしあちらの父君の元太政大臣様がとてもご熱心でしたし、上皇様もお許しになるらしいと伺いまして、『私の考えの方が間違っていたのだ』と反省いたしました。それで宮様を衛門の督様とご結婚おさせすることになったのですが、あのとき自分の考えを強く申し上げておけばよかったと悔しゅうございます。まさかこのようなことになるとは夢にも思っておりませんでした。
私は考えが古うございますから、神聖な姫皇子様たちはご結婚などなさるものではないと信じておりました。現代的なお考えの方なら、ご結婚なさってご家庭を築いていかれるのもよいとお思いでしょう。しかしこちらの宮様はそのどちらにもなれず、不安定なお立場で世の中を漂っていかれることになります。いっそ夫君の後を追うようにお亡くなりになった方が、宮様ご自身にとってはお幸せかもしれませんが、母としてはそうきっぱりと諦めることもできず悲しく思っております。
あなた様がお見舞いのお使者をたびたびお遣わしくださって、ありがたくも少し不思議にも思っておりましたが、婿君がご遺言でお願いしてくださっていたのですね。宮様に対してそれほど深いご愛情があるようにも見えませんでしたが、亡くなる直前にあちこちに宮様のことをお頼みになったようで、悲しいことのなかにもうれしいことは混ざっているものでございますね」
簾の向こうからひどくお泣きになっている気配がするの。
大将様を涙をお止めになれない。
「幼いころから落ち着いたご性格の方でした。ただこの二、三年は、沈みこんで一人の世界に閉じこもってしまわれることが多かったのです。物事を深いところまで延々と考えてしまって、人付き合いなどはお嫌になったのかもしれません。なんとなくそういうふうにお見受けいたしましたから、『何事にも無関心でいらっしゃるのはよくありませんよ。本当のあなたはそんなつまらない人ではないはずだ』などと、生意気にも申し上げていたのです。
宮様へのご愛情が薄いようにお感じになったのは、そういう事情があってのことかと恐れながら想像いたします。とはいえ、このような言い訳で宮様のお悲しみが軽くはなりませんでしょう。どなたよりも深くお嘆きのことと存じますから、本当にお気の毒でございます」
優しくお話しになっているうちに時間が経つ。
衛門の督様の方が五、六歳お年上でいらしたけれど、あちらは若々しくて女性的なお優しさがおありだった。
こちらの大将様は、ご立派で重々しく男性的な雰囲気なの。
でもお顔はさわやかでお美しいところがよいのよね。
若い女房たちは悲しみも忘れて拝見している。
お庭のみごとな桜に目をお留めになる。
「衛門の督が亡くなったことなど関係なく、春になれば美しく咲くのですね。あの人も生きてさえいればこの美しさを愛でられただろうに」
そうおっしゃって退出しようとなさると、
「この春は涙におぼれそうです。宮様もどうなってしまわれることか」
と御息所はすぐにお返事なさった。
深い教養がおありというわけではないけれど、かつては聡明だと評判の更衣様でいらっしゃった。
<しっかりしたご婦人だ>
大将様も感心なさる。
広いお屋敷はだんだん人気が少なく心細い雰囲気になっていくけれど、親しくお仕えしていた人たちはちらほらとお見舞いに来る。
衛門の督様がお好きだった鷹や馬の世話をする家来たちは、もはやどなたのために働いているのだろうかと、しょんぼり出入りして世話をしている。
お部屋にはご愛用の家具やお道具がそのまま置かれている。
いつも弾いていらっしゃった琵琶や和琴は、もう弦が張られていなくて音も鳴らない。
お庭の木立に花が咲いている。
人が死のうが、残された家族が悲しんでいようが、花は必ずその季節に咲くのよね。
未亡人におなりになった宮様はぼんやりと眺めていらっしゃる。
おそばの女房たちも喪服を着ていて物寂しい。
そんな昼ごろ、華やかなお行列の騒ぎが聞こえたかと思えば、こちらのお屋敷に入ってくる気配がある。
「あぁ、衛門の督様がお帰りかとうっかり思ってしまいました」
そう言って泣く女房がいる。
<亡き夫の弟君たちのどなたかだろう>
と宮様が思っていらっしゃると、美しくご立派な大将様がお入りになった。
縁側に客席をご用意する。
女房が応対しては失礼なお相手なので、ご正妻の母御息所が簾越しにお会いになった。
大将様がお見舞いを申し上げなさる。
「衛門の督は私にとって従兄で義兄で親友でございました。死を悲しむ気持ちはお身内の方々と同じように深うございましたが、恐れ多いこちら様に身内顔で駆けつけるのは気が引けまして、それで世間と同じ時期のお見舞いとなってしまいました。
亡くなる間際、衛門の督は宮様のことを私に言い遺しましたから、これからもたびたびご機嫌伺いに上がらせていただくつもりでおります。私とてあとどれほどの寿命かは分かりませんが、命のあるかぎりは誠意をご覧に入れたいと存じます。
あちらの父君はお心を激しく乱していらっしゃいますとか。親子の別れはもちろんつらいものでしょうが、夫婦の別れのお悲しみは私などの想像を超えておりましょう」
涙をぬぐいながらお話しになる。
まぎれもなく気高い方だけれど、お優しい誠実な雰囲気もおありなの。
御息所も鼻声でお返事なさる。
「寿命をはじめ何もかも確実なことはない世の中だからこそ、悲しいことが起きるのでございましょうね。若くして未亡人になる人というのはまれにいますから、おつらくても生きていかれるしかないと私のような年寄りは思いますけれど、宮様は不吉なほど思いつめていらっしゃいます。ご自分まで死んでおしまいになりそうなのです。
私は更衣の身分でしか入内できず、男皇子様もお産みできませんでした。上皇様はご出家なさり、その代わりとして頼りにするべき婿君は、あっけなくお亡くなりになってしまいました。この上さらに宮様にまで先立たれてしまったらと思うと心が落ち着きません。すべては、生まれつき運の悪い私が長生きしてしまったせいですけれど。
亡き婿君とそれほどお親しいご関係だったのでしたら、すでにご存じでしょうか。私ははじめからこのご結婚に反対だったのです。しかしあちらの父君の元太政大臣様がとてもご熱心でしたし、上皇様もお許しになるらしいと伺いまして、『私の考えの方が間違っていたのだ』と反省いたしました。それで宮様を衛門の督様とご結婚おさせすることになったのですが、あのとき自分の考えを強く申し上げておけばよかったと悔しゅうございます。まさかこのようなことになるとは夢にも思っておりませんでした。
私は考えが古うございますから、神聖な姫皇子様たちはご結婚などなさるものではないと信じておりました。現代的なお考えの方なら、ご結婚なさってご家庭を築いていかれるのもよいとお思いでしょう。しかしこちらの宮様はそのどちらにもなれず、不安定なお立場で世の中を漂っていかれることになります。いっそ夫君の後を追うようにお亡くなりになった方が、宮様ご自身にとってはお幸せかもしれませんが、母としてはそうきっぱりと諦めることもできず悲しく思っております。
あなた様がお見舞いのお使者をたびたびお遣わしくださって、ありがたくも少し不思議にも思っておりましたが、婿君がご遺言でお願いしてくださっていたのですね。宮様に対してそれほど深いご愛情があるようにも見えませんでしたが、亡くなる直前にあちこちに宮様のことをお頼みになったようで、悲しいことのなかにもうれしいことは混ざっているものでございますね」
簾の向こうからひどくお泣きになっている気配がするの。
大将様を涙をお止めになれない。
「幼いころから落ち着いたご性格の方でした。ただこの二、三年は、沈みこんで一人の世界に閉じこもってしまわれることが多かったのです。物事を深いところまで延々と考えてしまって、人付き合いなどはお嫌になったのかもしれません。なんとなくそういうふうにお見受けいたしましたから、『何事にも無関心でいらっしゃるのはよくありませんよ。本当のあなたはそんなつまらない人ではないはずだ』などと、生意気にも申し上げていたのです。
宮様へのご愛情が薄いようにお感じになったのは、そういう事情があってのことかと恐れながら想像いたします。とはいえ、このような言い訳で宮様のお悲しみが軽くはなりませんでしょう。どなたよりも深くお嘆きのことと存じますから、本当にお気の毒でございます」
優しくお話しになっているうちに時間が経つ。
衛門の督様の方が五、六歳お年上でいらしたけれど、あちらは若々しくて女性的なお優しさがおありだった。
こちらの大将様は、ご立派で重々しく男性的な雰囲気なの。
でもお顔はさわやかでお美しいところがよいのよね。
若い女房たちは悲しみも忘れて拝見している。
お庭のみごとな桜に目をお留めになる。
「衛門の督が亡くなったことなど関係なく、春になれば美しく咲くのですね。あの人も生きてさえいればこの美しさを愛でられただろうに」
そうおっしゃって退出しようとなさると、
「この春は涙におぼれそうです。宮様もどうなってしまわれることか」
と御息所はすぐにお返事なさった。
深い教養がおありというわけではないけれど、かつては聡明だと評判の更衣様でいらっしゃった。
<しっかりしたご婦人だ>
大将様も感心なさる。



