野いちご源氏物語 三五 柏木(かしわぎ)

大将(たいしょう)様はあれからずっとお考えになっている。
衛門(えもん)(かみ)は『源氏(げんじ)(きみ)との間に小さな行き違いがあった』と言っていたが、あれほど悩み苦しんでいたのだから深刻(しんこく)な問題が起きていたのだろう。私になら打ち明けるつもりがあったにちがいない。死というのはその人の思いまでうやむやにしてしまう悲しいものだな>
衛門の督様の面影(おもかげ)が忘れがたくて、ご兄弟よりも悲しんでおられるほどなの。

<衛門の督が亡くなる直前は六条(ろくじょう)(いん)も目まぐるしかった。(おんな)(さん)(みや)様が無事にご出産なさっておめでたいと思っていたら、ご体調を(くず)されて、そのままご出家(しゅっけ)までしてしまわれるとは。そこまでひどいご病気ではなかったようなのに、不思議なほどすっぱりと世間をお捨てになった。
不思議と言えば、父君(ちちぎみ)が宮様のご出家をあっさりとお許しになったこともおかしい。(むらさき)(うえ)のときとは大違いではないか。あちらが二条(にじょう)(いん)療養(りょうよう)なさっていたときは、相当お悪い状態の女君(おんなぎみ)が泣く泣くお願いなさってもお許しにならなかった。一時(いちじ)はお亡くなりになったという(うわさ)も出るほどのご容態(ようだい)で、それからやっと形ばかりのご出家をお認めになったと聞くのに。

衛門の督はやはり、ずっと女三の宮様に()()がれていたのだろうな。私にもそれが伝わってくるときがあった。普段は常に落ち着いていて、喜怒哀楽(きどあいらく)を表に出さない人だった。いかにも育ちのよい鷹揚(おうよう)で立派な人物だと思っていたが、内面には精神的な弱さを(かか)えていたのだ。それを隠すために、表面を取りつくろう振舞いを無意識のうちにしていたのかもしれない。

いくら宮様に(あこが)れたとしても、(かな)わぬ恋に心を乱して死んでしまうのは(おろ)かではないか。はっきりいえば無駄(むだ)()にだし、知らぬ()に死の原因にされた宮様もお気の毒だ。そういう運命だったのかもしれないが、軽率(けいそつ)でつまらないことをしてしまったものだ>
お考えになることはたくさんあるけれど、ご正妻(せいさい)雲居(くもい)(かり)にもお話しにならない。
衛門の督様の妹君(いもうとぎみ)でいらっしゃるから、今さら非難(ひなん)するようなことはお聞かせしたくないのでしょうね。

衛門の督様がご遺言(ゆいごん)でお願いなさったことは、まだ源氏(げんじ)(きみ)におっしゃっていない。
<申し上げたらどのようなお顔をなさるだろうか>
見てみたいような、なんとなく恐ろしいような気がなさる。