野いちご源氏物語 三五 柏木(かしわぎ)

若君(わかぎみ)乳母(めのと)として、生まれのよい美しい人がたくさんお仕えしている。
源氏(げんじ)(きみ)はお仕えするときの心構えなどをお教えになる。
「老い先短い私はどこまでご成長を見届けられるだろうか」
若君を乳母からお受け取りになると、若君は無邪気ににっこりなさる。
たくさんお(ちち)を飲んでおられるのでしょうね、よく太って色白でおかわいらしい。

源氏の君がこれまで身近にご覧になった赤子(あかご)といえば、ご子息の大将(たいしょう)様よ。
二十年以上昔のあいまいなご記憶だけれど、この若君とは似ていらっしゃらないような気がなさる。
他には明石(あかし)女御(にょうご)様の皇子(みこ)様たちがお生まれになったときのことを思い出される。
父君(ちちぎみ)(みかど)であられるのだから、赤子のときから皇族らしい()(だか)さは当然おありだった。
でも、特にすばらしくお美しかったわけではいらっしゃらない。

それに比べて若君は、上品さはもちろん、愛嬌(あいきょう)があってにこにこなさっているところがとてもおかわいらしいの。
<気のせいだろうか、衛門(えもん)(かみ)によく似ている>
まなざしに今から(おだ)やかな落ち着きがあって、油断して拝見するとこちらが恥ずかしくなるような赤子でいらっしゃる。
しっとりとした(かお)りが(ただよ)うようなお顔立ちなの。

赤子が誰に似ているかなんて、尼宮様にはよくお分かりにならない。
乳母や女房(にょうぼう)たちはもちろん知らないから、ただ源氏の君だけが悲しそうに見つめていらっしゃる。
<気の毒なことだったな。我が子を()きもせず衛門の督は死んだのか>
世の中に確実なものなどないのだとお思いになると涙がほろほろこぼれるけれど、
<今日はお祝いの日なのだから、泣いては縁起(えんぎ)が悪い>
とぬぐってお隠しになる。

「年を取ってから生まれた子どもというのは、よろこぶべきものであると同時に悲しいものでもある」
小さくつぶやかれる。
すでに四十八歳、もう先は長くないと覚悟なさっているから、若君のご将来がご心配なのよね。
<どうか父親に似ないでおくれ>
これはつぶやくこともできず、お胸のうちでお祈りになる。

<このなかに衛門の督を手引きした女房がいるはずだ。誰なのか分からないのが腹立たしい。さぞや私を馬鹿(ばか)にしているだろう。しかし私が(かげ)で笑われているだけならまだよい。事情が世間に知られたら、私よりも尼宮様の方が笑い者になってしまわれる。それはお気の毒だ>
世間に気づかれないよう、ご表情にもご態度にも十分注意して宮様と若君をお(あつか)いになる。

無邪気にお声を上げてにこにこしていらっしゃる若君は、目元も口元もおかわいらしい。
<何も知らない人は気づくだろうか。とてもよく衛門の督に似ているけれど。元太政(だいじょう)大臣(だいじん)も、そのご正妻(せいさい)も、『せめて孫がいてくれたら』とお(なげ)きらしい。両親に堂々と見せられない子どもだけを残して、あれほど自信家で立派だった人が恋のために死んでしまったのだ>
やはり衛門の督様の死を()しんでお泣きになる。
身の程知らずな無礼者と切り捨てることはおできにならない。