「長くご病気のわりにはそれほどお変わりありませんよ。かえっていつもよりお美しいくらいだ」
そうおっしゃるそばから涙がこぼれるけれど、ぬぐってお続けになる。
「『私たちは親友だからどちらかが先に死ぬことはしない』とお約束しましたのに。悲しいお約束でした。ご病気がこれほど重くなった理由もお聞きしていません。親友の私にも秘密ですか」
衛門の督様は弱々しい声でお話しになる。
「いつから重くなったということはないのです。どこが痛むということもない。だからあっという間に弱ってしまって、今では正気もあるのだかないのだか分かりません。死にたくないとあがいているつもりはないけれど、両親が必死にお祈りをさせていますからね。それが効いているのでしょう。かえって苦しいから、いっそ早く死んだ方が楽になれると思うのですよ。
しかしいざ死ぬとなると何かと心残りがあります。親孝行も中途半端で、それどころか年老いた両親にひどく心配をかけている。帝にもまだまだお仕えしたかった。政治家としてお役に立てなかった後悔はいつまでも残りましょう。
このあたりは誰にでも話せる心残りだけれど、個人的なことで、深く思い悩んでいることがあります。秘密にしたまま死ぬべきと分かっていながらも、私の胸ひとつに収めておくのは耐えられそうにない。打ち明けるなら、たくさんいる弟たちでは駄目なのです。あなたでなければ。源氏の君のご子息の、あなたでなければ」
<いったい何のことだろう>
大将様はぞわりとなさる。
「一年近く前、源氏の君と小さな行き違いがありました。そのお怒りを怖れているうちに病気がちになったのです。祝賀会の予行演習を覚えていますか。昨年の年末、私も六条の院にお招きいただいたけれど、どうにも体調が悪くて途中で退席したのです。
実はあの直前、私は源氏の君から睨まれました。どなたもお気づきにならなかっただろうが、私には、源氏の君は私をお許しになっていないのだと分かりました。あの目を見てしまったときから、ますますもう生きていられないような気がして、心がざわざわと落ち着かなくなってしまったのです。
たいした身分でもない私を幼いころからかわいがってくださいまして、私の方も深くご信頼しておりましたから、あくまでもほんの行き違いだと思うのですが、それが成仏の妨げにもなりそうです。何かのついでに、どうかこのことをうまく源氏の君にお伝えください。たとえ死んだあとになりましても、源氏の君にお許しいただけたら、あの世であなたに感謝いたしましょう」
お話しなさる間もどんどんご容態はお悪くなっていく。
大将様は<女三の宮様のことだろうか>と思い当たるけれど、はっきりとはおっしゃらない。
「あなたの方で何か勘違いをなさっているのではありませんか。父にそのような気配はまったくありませんよ。あなたのご病気が重いことを聞いて、これ以上ないほど驚き嘆いて残念がっております。もっと早く言ってくださればよかったのに。どのような行き違いや勘違いがあったとしても、私にお任せくだされば、きっと元どおりの仲に戻してさしあげましたよ。私を頼ってほしかった」
おそらく姫宮様をめぐる問題だろうけれど、衛門の督様のお命を救うためなら、代わりに父君に頭を下げることだってしたのに、と本気で悔やんでいらっしゃる。
それが伝わったのか、衛門の督様は少しほほえまれる。
「そうですね、少し病状が落ち着いていたころにお願いしておけばよかった。まさかこれほど早く衰弱するとは思わなくて、のんびりしすぎていました。この話はどうかご内密に。ちょうどふさわしいついでがあれば、ということで念のためにお話ししただけですから。
それと女二の宮様のことですが、私が死んだらたびたび見舞ってさしあげてください。未亡人になられたことを入道の上皇様はかわいそうにお思いになるでしょうが、あなたがお見舞いくだされば、それでも世間から大切にされているとご安心なさるでしょう」
遺言なさりたいことはまだおありのようだったけれど、しだいに気が遠くなっていかれる。
「もうご出発なされませ」
出口の方にふらふらとお手を向けられる。
その手がぱたりと落ちた。
大将様が人をお呼びになると、僧侶たちがどっとご病室に入ってきて、ご両親や弟君たちが集まっていらっしゃる。
女房たちもばたばたと騒ぎ出すので、大将様は泣く泣くご退出なさる。
そうおっしゃるそばから涙がこぼれるけれど、ぬぐってお続けになる。
「『私たちは親友だからどちらかが先に死ぬことはしない』とお約束しましたのに。悲しいお約束でした。ご病気がこれほど重くなった理由もお聞きしていません。親友の私にも秘密ですか」
衛門の督様は弱々しい声でお話しになる。
「いつから重くなったということはないのです。どこが痛むということもない。だからあっという間に弱ってしまって、今では正気もあるのだかないのだか分かりません。死にたくないとあがいているつもりはないけれど、両親が必死にお祈りをさせていますからね。それが効いているのでしょう。かえって苦しいから、いっそ早く死んだ方が楽になれると思うのですよ。
しかしいざ死ぬとなると何かと心残りがあります。親孝行も中途半端で、それどころか年老いた両親にひどく心配をかけている。帝にもまだまだお仕えしたかった。政治家としてお役に立てなかった後悔はいつまでも残りましょう。
このあたりは誰にでも話せる心残りだけれど、個人的なことで、深く思い悩んでいることがあります。秘密にしたまま死ぬべきと分かっていながらも、私の胸ひとつに収めておくのは耐えられそうにない。打ち明けるなら、たくさんいる弟たちでは駄目なのです。あなたでなければ。源氏の君のご子息の、あなたでなければ」
<いったい何のことだろう>
大将様はぞわりとなさる。
「一年近く前、源氏の君と小さな行き違いがありました。そのお怒りを怖れているうちに病気がちになったのです。祝賀会の予行演習を覚えていますか。昨年の年末、私も六条の院にお招きいただいたけれど、どうにも体調が悪くて途中で退席したのです。
実はあの直前、私は源氏の君から睨まれました。どなたもお気づきにならなかっただろうが、私には、源氏の君は私をお許しになっていないのだと分かりました。あの目を見てしまったときから、ますますもう生きていられないような気がして、心がざわざわと落ち着かなくなってしまったのです。
たいした身分でもない私を幼いころからかわいがってくださいまして、私の方も深くご信頼しておりましたから、あくまでもほんの行き違いだと思うのですが、それが成仏の妨げにもなりそうです。何かのついでに、どうかこのことをうまく源氏の君にお伝えください。たとえ死んだあとになりましても、源氏の君にお許しいただけたら、あの世であなたに感謝いたしましょう」
お話しなさる間もどんどんご容態はお悪くなっていく。
大将様は<女三の宮様のことだろうか>と思い当たるけれど、はっきりとはおっしゃらない。
「あなたの方で何か勘違いをなさっているのではありませんか。父にそのような気配はまったくありませんよ。あなたのご病気が重いことを聞いて、これ以上ないほど驚き嘆いて残念がっております。もっと早く言ってくださればよかったのに。どのような行き違いや勘違いがあったとしても、私にお任せくだされば、きっと元どおりの仲に戻してさしあげましたよ。私を頼ってほしかった」
おそらく姫宮様をめぐる問題だろうけれど、衛門の督様のお命を救うためなら、代わりに父君に頭を下げることだってしたのに、と本気で悔やんでいらっしゃる。
それが伝わったのか、衛門の督様は少しほほえまれる。
「そうですね、少し病状が落ち着いていたころにお願いしておけばよかった。まさかこれほど早く衰弱するとは思わなくて、のんびりしすぎていました。この話はどうかご内密に。ちょうどふさわしいついでがあれば、ということで念のためにお話ししただけですから。
それと女二の宮様のことですが、私が死んだらたびたび見舞ってさしあげてください。未亡人になられたことを入道の上皇様はかわいそうにお思いになるでしょうが、あなたがお見舞いくだされば、それでも世間から大切にされているとご安心なさるでしょう」
遺言なさりたいことはまだおありのようだったけれど、しだいに気が遠くなっていかれる。
「もうご出発なされませ」
出口の方にふらふらとお手を向けられる。
その手がぱたりと落ちた。
大将様が人をお呼びになると、僧侶たちがどっとご病室に入ってきて、ご両親や弟君たちが集まっていらっしゃる。
女房たちもばたばたと騒ぎ出すので、大将様は泣く泣くご退出なさる。



