野いちご源氏物語 三五 柏木(かしわぎ)

「こんなところまでお入りいただくのは上皇(じょうこう)様には失礼でございますが」
病床(びょうしょう)近くにお席をご用意なさると、女房(にょうぼう)たちが姫宮(ひめみや)様を()()こし申し上げる。
「私が病気回復のお祈りをしてあげられたらよいけれど、まだ修行(しゅぎょう)が足りなくてそのような力はありません。ただ、私に会いたがっておられると聞いてね、それで元気が出るのならと思ってやって来たのですよ」
涙をぬぐっておっしゃる。

姫宮様は弱々しくお泣きになる。
「もう生きていられるとは思えませんから、お越しくださったついでに父君(ちちぎみ)のお手で出家(しゅっけ)させてくださいませ」
「ご立派なお考えだけれど、若い人が早まって出家すると、何かと問題が起きて世間から非難(ひなん)されることが多いのですよ。あなたの人生はまだ先が長いから」
一度お止めなさってから、源氏(げんじ)(きみ)に向かっておっしゃる。

「自分からこう言っていることだし、病状もかなり悪く見えるから、私としては最後の望みを(かな)えてやりたいと思います。死ぬ直前の出家でもご利益(りやく)はあると申します」
「この何日か宮様は同じことを(おお)せになりますが、私はお許しせずにおります。妖怪(ようかい)などが()りついて『出家したい』と言わせ、正気(しょうき)に戻ったら取り返しのつかないことになっていた、ということもあると聞きますので」
「妖怪に(あやつ)られて不届(ふとど)きなことをするというなら問題だけれど、衰弱(すいじゃく)した人が出家したいと言うのなら、認めてやるべきではありませんか。無理に止めてしまったら後悔で苦しむだろう」
入道(にゅうどう)の上皇様はご出家も仕方がないと思っていらっしゃる。