野いちご源氏物語 三五 柏木(かしわぎ)

入道(にゅうどう)上皇(じょうこう)様は、ご安産の報告におよろこびになった直後、ご病気におなりになったと聞いて動揺(どうよう)なさる。
<どのような具合なのだろう>
仏教(ぶっきょう)修行(しゅぎょう)どころではなくご心配なさっている。
姫宮(ひめみや)様もお体が弱っていくほどに父君(ちちぎみ)が恋しくなって、
「もう二度とお目にかかれないのだろうか」
とお泣きになる。

上皇様は人づてにそれをお聞きになると、いけないこととは思いながらも、こっそりお寺を出て六条(ろくじょう)(いん)へお行きになった。
突然のご訪問だったので、源氏(げんじ)(きみ)は驚いて、かしこまってお迎えなさる。
出家(しゅっけ)した身で子どものことなど気にしてはいけないと分かっているのだが、やはり親心(おやごころ)だけは捨てきれなくてね。修行にも集中できないし、もし子どもに(さき)()たれなどしたら、あのとき一目(ひとめ)会っておけばよかったといつまでも後悔するだろうから、世間に何と言われてもかまわないと思ってこちらに来ました」

僧侶(そうりょ)になっても上品でお優しい雰囲気はそのままでいらっしゃる。
目立たないように、格式高い僧侶用のお着物ではなく、喪服(もふく)のようなお着物をさりげなくお召しになっていた。
それがまたお美しくて、源氏の君はうらやましくなってしまわれる。
「ご体調がお悪いとはいえ、とくに重病というわけではいらっしゃらないのです。ただこの数か月間お元気が出ず、お食事もあまり召し上がらないことが続いたものですから、このように弱ってしまわれまして」
泣きながらご説明なさる。