野いちご源氏物語 三五 柏木(かしわぎ)

夜ももう姫宮(ひめみや)様のところにお泊まりになることはない。
昼間に少しお顔をお見せになるだけなの。
「私も()(さき)短くなりましたから、近ごろはお(きょう)を読むなどして仏教(ぶっきょう)修行(しゅぎょう)をしているのです。そうすると、若君(わかぎみ)がいてにぎやかなこちらはなんとなく居心地(いごこち)が悪いような気がして、それであまり来ることができずにいましたが、ご気分はいかがですか。少しはよくなられましたか。おかわいそうに」

ついたてのそばからお(のぞ)きになると、姫宮様はお(つむり)をもたげてお返事なさる。
「もうこれ以上生きられる気がいたしません。出産で死ぬとあの世で重い(つみ)になると申しますから、(あま)になりとう存じます。そのご利益(りやく)でもうしばらく生きられるかもしれませんし、死んだとしても出家(しゅっけ)してからなら罪は軽くなりましょう」
いつもより大人びた口調(くちょう)でおっしゃる。
「嫌なことをおっしゃる。死ぬだなんて不吉(ふきつ)ではありませんか。どうしてそこまで思いつめなさるのです。たしかにご出産は恐ろしかったでしょうが、必ずしも死んでしまうものではないのですよ」

お教えになりながらも、お心のなかではそれもよいかもしれないとお思いになる。
尼君(あまぎみ)におなりになれば私もご同情しながらお世話できるだろう。今のままでは姫宮様はちぢこまってお暮らしになることになる。心苦しいが、かといってお許しすることもできないだろう。いつか態度に出てしまって世間の(うわさ)になれば、入道(にゅうどう)上皇(じょうこう)様は私が姫宮様を軽んじたとお思いになるはずだ。産後のご病気が非常に重いからという口実(こうじつ)で、ご出家させてしまおうか>

とはいえ姫宮様はまだ二十代前半でいらっしゃる。
豊かなお(ぐし)をばっさりと切って尼にしてしまうのは、源氏の君にとっても()しい。
「お気を強くお持ちなさい。ご病状(びょうじょう)はそれほどお悪くはありませんよ。危篤(きとく)状態から持ち直した人だって近くにいるのです。神様も仏様も見守ってくださっていますよ」
(はげ)ましながらお薬湯をお(すす)めなさる。
青白くおやせになって、(はかな)げに横たわっていらっしゃるお姿が可憐でおかわいらしい。
<どれほどの(あやま)ちを(おか)したとしてもこちらが折れて許してしまいそうなご様子だ>
とご覧になる。