【1話からの長編大賞応募作品】聖花学園~スパダリ姫はヒミツのヴァンパイアを溺愛中!~

 翌朝、目が覚めると全てが夢だったんじゃないかと一瞬思ってしまった。
 昨日は家に帰ってからもずっと胸がドキドキしていて、初めての恋に眠りにつくまでフワフワした心地でいたから。
 でも、手の小さな傷と、鮮やかに心に残る彼の微笑みが夢じゃないことを物語ってる。

「また、会いたいな」

 すっかり塞がってしまった傷跡を見ながら、素直な気持ちを口にしたところでハッとした。

「また、会えるの?」

 昨日会えたのは本当にたまたまだ。
 どこに住んでいるのか、いつどこに行けば会えるのかもわからない。
 そんな相手と、次どこで会えるかなんてサッパリわからないもん。
 それに、彼は怪盗シルバーだった。
 盗んでも返すなんて不可思議なことをする怪盗だけれど、よくないことをしているってことに変わりはない。
 そんな相手を好きになっちゃってよかったのかな? なんて不安も少しはある。
 でも、好きになったこと自体に後悔はないんだよね。
 だって、好きだなって思うこの気持ちは純粋なものだろうから。

「……といっても、会える手段がないんだよねー」

 はぁーと大きなため息を吐いて、私は少し落ち込みながらベッドから降りて学園へ行く準備を始めた。

***

「おはようございます、ヒマワリ様」
「ヒマワリ様、よい天気ですね」

 いつものように名前の知らない生徒からもとあいさつを受けて、私はできるだけおしとやかな雰囲気で返す。

「おはようございます。本当に、晴れていて清々しい朝ですね」

 この学園に入る前は「おはよー」だけだったから始めはちょっとむずがゆい感じがしたけれど、一年以上このあいさつの仕方をしていたらさすがに慣れてきちゃった。
 みんなも普段の会話はそこまで【お嬢様】っぽくはないんだけれど、あいさつだけはちゃんとやわらかなお嬢様らしくしましょうって雰囲気が根強くて、朝と帰りのあいさつはこんな感じなんだよね。
 そんな風にいつもと変わらない様子で入った校舎だけれど、教室の中はちょっとだけいつもとちがった。
 教室の後ろの方にある私の席の隣に、昨日まではなかった机とイスが一組あったんだ。
 そのためか、教室内での話題も転校生が来るのかな? というものが多かった。

「あ、そういえば昨日立花先生が言ってたっけ」

 私は小さくつぶやきながら、昨日部活中に聞いたことを思い出す。
 今日、クラスに転入生が来るって。私の隣の席だから、気にかけて欲しいって頼まれたんだっけ。
 どんな子だろう? 隣の席だし、仲良くなれるといいな。
 なんて思いながら迎えた朝の会で、その転入生は紹介された。

「今日からこのクラスの仲間になる黒羽雪(くろばゆき)さんよ。みんな仲良くしてね」

 立花先生に紹介されたその黒羽さんの第一印象は、おとなしそうな子だった。
 焦げ茶のロングボブという髪型なんだけど、前髪が長くて眼鏡をかけていて、少なくとも華やかな子って感じはない。

「はじめまして、黒羽雪です。少し人見知りなので、ゆっくり仲良くなれたらいいなと思います」

 話し方も控えめで、声自体もギリギリ後ろまで聞こえるかなって大きさ。
 でも、言葉は詰まることなくハッキリしているから、おとなしそうな印象は本人が言うように人見知りだからってだけかもしれない。
 黒羽さんの自己紹介が終わり、立花先生が私の隣の席をうながす。

「黒羽さんの席は後ろの空いているところよ。フラワーの日向さんの隣だから、わからないことがあったら彼女に聞いてちょうだい」
「……フラワー?」

 黒羽さんはフラワーのことは知らないのか、首を小さく傾げ不思議そうにつぶやく。
 でも、わからないことは私に聞いてと言われたからか、立花先生に質問することなく私の隣の席に歩いてきた。
 ただ、途中で私と目が合うと黒羽さんの進んでいた足が一瞬止まる。
 表情が心なしか強張った気がするけれど、黒羽さんはすぐ顔をうつむかせてしまったからよくわからない。
 気のせいだったかな?
 彼女は席に座ってからも真っ直ぐ前を見ていてこっちを見ようとしないから、声をかけようかちょっと迷う。
 でも、立花先生に頼まれたし、隣の席なんだからあいさつくらいはした方がいいよね。

「えっと、黒羽さん。私がヒマワリの称号を貰っているフラワーの日向夏音だよ。よろしくね」
「あ、よ、よろしく。……ヒマワリの称号?」

 声をかけると、黒羽さんはうつむきながらだけれどちゃんと私に応えてくれる。
 そして、やっぱりフラワーのことをまったく知らないみたいで小首をかしげた。
 さっそく教えることがあるみたい。
 でも、今はまだ朝の会で立花先生の話が終わっていない。
 後で教えることにしようと決めて、私はまだちょっと人見知りをしているような黒羽さんに笑顔を見せる。

「フラワーのこと、あとで教えるね」
「あ、うん。よろしくお願いします」

 緊張しているみたいに敬語になっちゃった黒羽さんが少しおかしくて、私はクスッと笑って前を向いた。

***

 朝の会が終わったら、さっそく授業の準備をしながらフラワーのことを黒羽さんに教える。
 クラスのみんなも自然と集まってきて一緒に説明してくれたから、思ったより簡単に説明できちゃった。

「つまり、フラワーは花の称号を与えられている各学年の代表で、三人いるのね? で、夏休み前にその中から学園の代表であるロイヤルフラワーを選ぶ、と」
「そうそう、そういうこと」

 一通り説明を聞いた黒羽さんが理解したことを示すように話をまとめると、周りに集まったクラスメイトたちがそろってうなずいた。
 その中の一人が少し夢見がちに目をキラキラさせながら、ロイヤルフラワーのことを語る。

「ロイヤルフラワーにはすっごい綺麗なガーネットのネックレスが授与されるのよ! ああ、あのネックレスをつけた夏音さんを早く見たいわー」

 まるで私が身に着けることがもう決まっているかのような言い方に、私は苦笑しながら訂正を入れる。

「気が早すぎるよ。ロイヤルフラワーはまだ決まってないんだから」
「でも、三年の伊月(いつき)先輩は早くも辞退しているし、一年生は残念フラワーの美藤(みふじ)さんだし……毎年の傾向としても二年生が選ばれるでしょう?」

 決まったようなものじゃない、とみんな口々に言う。
 彼女たちの言う通り、去年ロイヤルフラワーに選ばれた伊月咲良(さくら)先輩は受験に集中したいからって四月のうちに辞退を申し出てる。
 それに一年の美藤麗衣愛(れいあ)さんは入学したばかりでフラワーとしての実績もない状態。『残念』なんて言われちゃう要素もあってか、支持する人はほぼいないだろうっていうのが皆の意見。
 毎年の傾向としても、三年生は受験を控えているし、一年生はどんな行事があるのかをちゃんと把握できていないから、ロイヤルフラワーとしての仕事をするのは二年生に決まり! って雰囲気があるんだよね。
 絶対にそうあるべきってわけじゃないからちがう年もあるらしいんだけど、大体二年生がロイヤルフラワーに選ばれるんだって先輩たちも言っていた。

 私としてはどっちでもいいんだけどね。
 あの豪華なネックレスをつけてみたい気持ちと、学園の行事で重要な役目をするのは大変そうだなって気持ち、両方あるから。
 まあ、なったらなったでちゃんと頑張るつもりだし、今の気分としてはなるようになれって感じかな。
 だからみんなの話はひかえめに笑って誤魔化す。

 そんな中、黒羽さんが「綺麗なガーネットのネックレス……」と小さくつぶやいたのが聞こえた。