【1話からの長編大賞応募作品】聖花学園~スパダリ姫はヒミツのヴァンパイアを溺愛中!~

 部活が終わってからお母さんに頼まれていた買い物を済ませて外に出ると、もう空は夕闇の方が近かった。

 薄暗くなってきた帰り道を、片手にはスクールバッグ、もう片方には重い買い物袋を持って進む。
 そうして家の近くの公園に差し掛かったところで、あまりにも荷物が重くていったん休憩することにしたんだ。

 歩道から一番近いベンチに荷物を置くと、ため息と一緒にちょっとグチッちゃう。

「もうお母さんってば、味噌とかペットボトルとか、重いものばかり一気に頼むんだから」

 私は空手部の活動もあって体力もあるから、もう少し軽いものだったら多少荷物が多くても休憩なしで全然平気だ。
 でも単純に力が必要な場面ではどうしようもないよね。
 こればっかりは仕方がない、って思いながら私は荷物の横に腰を下ろした。

「あ……でも今日の空は綺麗だな」

 ベンチに座って見上げた空は、茜色が押しやられて、紫と暗い紺色が綺麗なグラデーションを描いていた。水墨画みたいな雲がうっすらかかっていて、それがまたいい雰囲気をかもし出している。
 中々見ない色合いの空に、私は「綺麗だな」ってもう一度つぶやいて、宵の明星と呼ばれている金星が輝く空を見上げていた。

 この時間はみんな家へ帰るのを急ぐのか、空を見上げている人はそういない。
 まして、私みたいに公園で休憩している人はもっといない……というかゼロだ。

 荷物は重くて困ったけれど、静かな公園で綺麗なグラデーションの空を独り占めしている気分になれて、ちょっと機嫌がよくなる。
 少し冷えてきた空気を大きく吸って、家まであと少し! と気合を入れて、立ち上がるために顔を空から下ろす。
 すると、誰もいないと思っていた公園にひとつ人影ができていた。

 公園の中心に設置してある小さな噴水。直系3メートルもないくらい小さな噴水だけれど、夏場は近所の子供たちのいい水遊び場になっている。
 夜は水を止めているらしくて、今は水盤に水が溜まっているだけになっているその縁の辺りで、銀色の髪の男の子が一人立っていた。

 緩く風が吹いて、ほんのり光ってきた月明かりを彼の銀髪が反射する。
 お年寄りのような白髪じゃなくて、黒っぽいグレーでもなくて。ちゃんと、金髪を薄くしたような綺麗な銀色。
 これが本当の銀髪なんだなって思わず見惚れていたら、視線に気づいたのか男の子が私の方を見た。

 目の色までは分からなかったけれど、すごく整った顔立ちで……ビックリした私は、ベンチの背もたれのところに思いっきり右手をぶつけてしまう。

「いたっ!」

 直後、ぶつけただけじゃない痛みを感じて手を見ると、ちょうど飛び出している釘にひっかけちゃったのか小指の付け根辺りから血が出ている。

 うそ、ケガしちゃうなんて。
 サイアクだーなんて思っていたら、とつぜん近くから声がかけられた。

「大丈夫? ケガしたの?」
「え?」

 見上げると、噴水のそばにいたはずの銀髪の男の子が近くにいた。
 いつの間に⁉︎ と思って見上げると、近くで見たことでよりわかる顔立ちの美しさに言葉が出なくなる。

 空気にとけてしまいそうなくらい透き通った銀髪と白い肌。目の色も黒というには薄くて、グレーに近かった。
 声もなく見つめていたら、そのグレーの瞳に青い虹彩が少し見えて……。
 そのうすい唇が小さく動いた。

「……おいしそう」
「はい?」

 ケガをしたのかって様子を見に来たらしい男の子。
 なのに聞こえてきた言葉が『おいしそう』?
 どう考えても聞き間違いだよね?
 きっと『いたそう』って言ったんだよ。

 混乱しそうになったけれど、考えなおして納得した。
 でも、彼の次の行動には本気で混乱してしまう。

「……ごめん」

 なぜか謝ってきた男の子は、屈んでさらにその綺麗な顔を私に近づけてきた。
 そして私のケガをした右手を軽く掴んで――。

「な、なにしてるの⁉︎」

 問いただしたけれど、男の子が答えることはない。だって、言葉を話すためのその唇は、今私の手に付けられているから。
 銀色の髪の綺麗な男の子は、なぜか初対面である私のケガの傷口をパクッて口にいれていたんだ。

 ふつうなら『ヘンタイ!』って正拳突きでもするところだけれど、男の子のあまりの綺麗さにそんなこと考える余裕もなくて……。
 どこか幻想的な雰囲気につい見惚れてしまった。

 でも、彼がそのまま傷口をちゅうって吸っちゃったから、また私は慌てだす。

「え!? まっ、本当に、なにしてるの!?」

 綺麗な男の子に手を吸われるとか、イヤとか以前にまず恥ずかしい。
 変にドキドキして腕を引くと、彼もハッとして手を離してくれた。
 そして、血の気が引いたようにその白い顔を更に白くさせる。

「そんな……吸血衝動なんて、もっと先のはずなのに」
「吸血衝動?」

 絶望って言葉が合いそうな表情の男の子が口にした言葉を繰り返す。
 『吸血』なんて、まるで――

「まさか、ヴァンパイアだったりして?」

 ちょっと意味深に、唇に指を当てながら上目遣いで言ってみる。
 傷口を吸われて恥ずかしかったのをごまかしたい気持ちもあって、半分以上冗談のつもりで言ったんだけど……。

「なっ、なんで気づいた!?」
「……」

 銀髪の綺麗な男の子は、衝撃を受けたように驚いていた。
 その驚きようはなんていうか自然で、変にオーバーアクションってわけでもなくて。
 ウソとかごまかしとか、そういう雰囲気じゃなかった。
 だから逆に私の方が驚いちゃったよ。

「え? まさか本当だったの?」
「なっ!? 当てずっぽうだったのか!?」

 今度はまた別の意味で驚いた様子の彼は、しまったー! って感じに頭を抱える。
 その様子にはさっきまでの幻想的な雰囲気はまったくなくて、私と同じくらいの年相応の男子って感じ。
 あまりのギャップに私は面食らいつつ、おかしくなって笑ってしまった。

「ふっふははっ……あなた、面白いね」

 クスクスと小さく笑い続けていると、彼がジッと私を見ていることに気づいた。でも、改めて目を合わせると逆に目を逸らされちゃった。
 その顔は少し赤くて、なんだか可愛かった。

 ちょっと笑いすぎたかな? って思ったけれど、男の子は私が笑ったことを気にしていたわけじゃないみたい。

「えっと……とにかく、とつぜん血を吸っちゃってごめんな。なんでか、我慢できなくて……気持ち悪かったよな?」

 顔を逸らしたまま、男の子は言い訳と謝罪を口にした。
 どこか落ち込んでいる様子の彼に、私は首を傾げて正直な気持ちを話す。

「気持ち悪いとまでは思ってないけど?」

 本人が認めているけれど、彼が本当にヴァンパイアなのかなんて私にはよくわからない。ちょっと血を吸ったってだけで、それ以外に人と違うところはないように見えるし。
 いきなり血を吸われたのはビックリだったけれど、最初は純粋にケガを心配してくれていたみたいだし。
 綺麗で、優しくて、ちょっと面白いっていうのが、私が今彼に抱いている印象かな?
 少なくとも気持ち悪いとは思っていないし、どちらかというといい印象を持っていると思う。

 だから、そんな傷ついた顔をしないでほしいな。

 せっかく綺麗な顔をしているんだから、どうせなら笑顔を見せて欲しい。
 そう思った私は、男の子にニッコリと笑いかけた。
 そんな私の笑顔を彼は「本当に?」と探るように見つめる。
 そして安心したのか、フワッと柔らかい笑顔を浮かべた。

「そっか、ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいよ」

 ドキッ

 瞬間、私の心臓が大きく跳ねる。
 その鼓動の大きさにおどろいていると、男の子の笑みがミステリアスなものに変わった。

「もう少し君と話してみたいけれど、時間切れかな?」
「え?」

 何が時間切れなのか。
 聞き返そうとしたけれど、とつぜん強い風が吹いた。
 砂が目に入らないように少しだけ瞼を閉じると、次に開けたときには男の子の姿が変わっていた。

「っ! え……?」

 透き通るような銀髪はそのまま。
 でも、服装がまったく違う。
 黒のタキシードにマント、そしてわずかに青い虹彩の入ったグレイの目を隠すようにつけられた深い青の仮面。

 それはまさに、『怪盗』と言うべきいで立ちで――。

「俺は怪盗シルバー。ここで会ったことはヒミツにしてくれると助かるよ」

 仮面をつけた男の子――シルバーは、キザったらしくそう言うと足にぐっと力を込めて空へと跳んだ。
 一気に五メートルくらい高く跳んだ彼の身体能力は、どう考えても人間離れしていて……ヴァンパイアだっていうのは本当なのかもしれないって、頭の片隅で思った。

 さっきよりも夜が近づいてきた空に、シルバーの姿が溶けるように消えていくのを見つめていた私は、今起こった出来事に混乱する。
 まるで、夢か幻を見ていたみたい。

 綺麗な男の子がいたと思ったら、その子は私の血を吸って自分をヴァンパイアだと名乗っていて。
 かと思ったら、数時間前に佐々木部長から聞いたばかりの、最近日本に現れたという怪盗シルバーだったなんて……。
 情報が溢れすぎて受け止めきれない。

 でも、それでも一つだけハッキリしていることがある。

 トクントクンと、鼓動がいつもより早い。
 彼の笑顔を見て、跳ねた心臓がそのまま喜びで踊っているみたい。

「また、会いたい」

 心のままに今の気持ちを言葉にする。
 そう、また会いたい。
 会って、もっと話したいし、もっと彼の笑顔を見たい。
 彼がヴァンパイアだとか、怪盗だとか。そんなことはどうだっていい。
 とにかく私は、あの綺麗な男の子にまた会いたいんだ。

 この気持ちって、つまりそういうことだよね?

「私、一目ぼれしちゃったのかも」

 日が落ちた公園で、私は自覚した思いを言葉にした。