野いちご源氏物語 三四 若菜(わかな)下

入道(にゅうどう)上皇(じょうこう)様はいつまでも子どもっぽいあなたがご心配なのですよ。これからはお気をつけなさい。上皇様は私に責任があるとお思いでしょう。今後もそう思われるのは嫌ですから、あなたにはきちんと(くぎ)()しておきます。本当はこんなことまで申し上げたくないけれど。

あなたはお考えが浅くて、すぐに人の言うことを信じてしまわれる。私の態度も、年老いた外見もお嫌で()(くだ)しておられる。もちろん私としては(くや)しいが、入道の上皇様が生きておいでのうちは我慢なさい。上皇様にはお考えがあって私をあなたの夫とお決めになったのだから、その夫婦関係を守って、年老いた私を上皇様と同じとお思いなさい。けっして軽んじなさってはいけません。

私がどうして念願(ねんがん)出家(しゅっけ)()たせずにいるとお思いですか。覚悟はとうに決まっているけれど、上皇様がご出家の前にあなたを私に(たく)していかれたから、そのご信頼が恐れ多くもありがたくもあったから、私まであなたを見捨てるわけにはいかないと我慢しているのです。

たしかに少し前までは気にかかる人が他にもいましたよ。でも今はもうあなた以外にいません。明石(あかし)女御(にょうご)様はたくさんの皇子(みこ)様がお支えになるでしょうし、その他の女君(おんなぎみ)たちはどなたももうよいお年ですから、私と一緒に出家なさればよいのです。やっとここまで来たのに、あなたのために私は(ぞく)世間(せけん)(ただよ)っている。それをお忘れなさるな。

入道の上皇様ももう長くはあられないでしょう。ご病気はずいぶん重く、お心細そうになさっていると聞きます。(おだ)やかに死なせておあげなさい。最後の最後にあなたの悪い(うわさ)などお耳に入れてはいけません。この世は仮の人生です。それよりも来世(らいせ)の方が大切なのだから、父君(ちちぎみ)のご成仏(じょうぶつ)の邪魔をしては重罪(じゅうざい)ですよ」

衛門(えもん)(かみ)様のことはおっしゃらないまま、懇々(こんこん)とお教えになる。
震えて泣きながら何度もおうなずきになるので、源氏の君も泣いてしまわれる。
「若いころはこういうお説教が何よりも嫌だったのに。年を取ると自分もしてしまうものなのだな。うるさい年寄りだとますますお思いになったでしょう」

恥ずかしくて苦笑いなさると、源氏の君は(すずり)を引き寄せて、宮様のためにご自分で(すみ)をすっておあげになる。
紙を選んで筆も差し出される。
宮様は筆をお持ちになったけれど、お手が震えてお書きになれない。
<衛門の督の熱心な恋文への返事は、こんなふうに緊張なさらずのびのびとお書きになったのであろうな>
ご想像なさると(にく)たらしくてまた腹が立ってくるけれど、文章を教えてお書かせになった。

「延期していた祝賀(しゅくが)(かい)はいつにいたしましょうね。もう十一月になってしまった。今月は亡き上皇様のご命月(めいづき)だからお祝い事はできません。年末は何かと忙しいし、あなたのお腹も目立ってきてしまうけれど、五十歳であられる今年のうちに行うべきことで、来年まで延期するわけにはいかない。やはり十二月でしょう。
そうと決まればもう思いつめずほがらかになさって、それまでにこのひどくやせてしまわれたお顔を元どおりになされませ」
やさしく姫宮様の(ほお)()でておっしゃる。