野いちご源氏物語 三四 若菜(わかな)下

玉葛(たまかずら)(きみ)姫宮(ひめみや)様と正反対の聡明(そうめい)女君(おんなぎみ)だとする一方で、朧月夜(おぼろづきよ)の君は少し姫宮様と同じような感じがあるとお思いになる。
ご性格は違うけれど、言い寄る男に付け入る(すき)を与えてしまうというところは同じなの。
上皇(じょうこう)様がご出家(しゅっけ)なさったあと何度かお会いになって、それからずっと気にかけてはおられたけれど、近ごろこの「(すき)」が源氏の君はお嫌になってしまわれた。

それでも、ついに入道(にゅうどう)の上皇様のあとを追って出家なさったと聞くと、残念でお心が動く。
お見舞いの手紙をお書きになった。
「私に一言(ひとこと)のご相談もなく(あま)になってしまわれたのですね。須磨(すま)へ流れていったのはどなたのためとお思いでしょうか。この世に失望(しつぼう)していながらも出家できず、とうとうあなたに先を越されてしまいました。恋人としての(えん)は切れますが、尼君(あまぎみ)として私のために祈ってくださると信じております」

源氏の君にお会いしているうちにご出家が(さき)(おく)りになっていたの。
<昔から私たちは悲しい関係だった。出家した身ではお手紙のやりとりもふさわしくない。これが最後になるだろう>
源氏の君とのあれこれをひそかに思い出しながら、心をこめてお書きになる。

「この世に失望していたのは私だけだったはずです。あなたは明石(あかし)で次の恋をなさっていたのですから。お祈りはありとあらゆる人のために行いますよ」
尼君らしい青灰(あおはい)色の紙に(すみ)濃淡(のうたん)がとても美しい。
(ほとけ)様にお(そな)えする植物の枝につけられていた。
筆跡(ひっせき)見事(みごと)で、いつまでも名人でいらっしゃる。

元恋人とはいえ出家なさった方のお手紙だから、(むらさき)(うえ)にもお見せなさる。
「ずいぶんな言われようでしょう。私だってそれなりに苦労してきたと思うが、出家すると女性は気が強くなるのかな。しかし、風情(ふぜい)ある手紙をやりとりできる相手はこの方と元斎院(さいいん)くらいだったのに、どちらも出家してしまわれた」
源氏の君が求婚なさっていた元斎院の朝顔(あさがお)姫君(ひめぎみ)は、結局独身を(つらぬ)いたまま出家なさったの。

「元斎院は今ではとても熱心に仏教(ぶっきょう)修行(しゅぎょう)をなさっているそうです。お考えも教養も深くて、それでいて親しみやすさのあるめずらしい女性だったけれど。
近ごろしみじみ思うのだが、女の子を育てるというのは本当に難しい。親がどれだけ大切に育てても運命に邪魔されることがある。運命なんて目に見えないのだから困ってしまいますよ。それでもやはり、大人になるまではしっかり(みちび)いてあげるべきでしょうね。若いころは娘が一人しかいないことを寂しく思ったものだけれど、あちこち心配する必要がなくて、今はかえってよかったと思う。

明石の女御(にょうご)様がお生みになった姫宮様は、あなたが気をつけて育ててあげてください。女御様はまだ幼いうちに入内(じゅだい)なさって、たてつづけにご懐妊(かいにん)とご出産を繰り返しておられるから、大人らしいしっかりとしたお考えはないように拝見しています。姫宮様のご教育についても深くお考えになってはいないでしょう。

どの皇子(みこ)様も、世間から非難(ひなん)されることなく、思うようにお暮らしいただきたいものです。そのためにはしっかりした心がけをお教えしておかなければなりません。とくに姫宮様は、(とうと)内親王(ないしんのう)様として生涯(しょうがい)独身を貫かれるかもしれないのだから、後見(こうけん)役がいなくてもご立派にやっていけるようにしてさしあげなければ」

「たいそうなご後見はできかねますが、生きている限りはお世話申し上げたいと思います。ただ、寿命(じゅみょう)ばかりは思うようになりませんから」
紫の上は心細そうにお返事なさる。
お心のうちでは、世間と(えん)を切って仏教の修行に集中しておられる女君たちをうらやましくお思いになる。

「冷たいお返事だったがせっかくお手紙をくださったのだから、尼君用のお着物をお贈りしようと思います。用意してくれますか。あまり(かた)(くる)しいものはお似合いにならないだろう。最低限の尼君らしさはほしいけれど」
細かい注文をおつけになる。
その他にも尼君用の家具などをこっそり作らせなさった。