東宮(とうぐう)様がその(ねこ)を欲しいとご希望なさると、(おんな)(さん)(みや)様は差し上げなさった。
こうなると予想していた衛門(えもん)(かみ)様は、猫が届くころを()(はか)らって東宮様のところへお上がりになる。
子どものころからかわいがってくださった上皇(じょうこう)様がご出家(しゅっけ)なさったあとは、上皇様の皇子(みこ)であられる東宮様に親しくお仕えして、お得意の和琴(わごん)などをお教えになっているのよ。

「たくさん猫が集まっていますね。私が見た人はどれだろう」
(あつか)いしてお探しになる。
見つけると、いかにもかわいらしいというようにお()でになった。
「たしかにかわいらしい猫だ。まだ(なつ)かないのは(ひと)()()りしているのだろう。しかし、ここの猫たちもそれほど(おと)っているとは思われないが」
東宮様が首をかしげておられるので、衛門の督様は絶好(ぜっこう)の機会をお逃しにならない。
「人見知りするということは、それだけ賢い猫なのでございましょう。こちらにはもっとよい猫がたくさんおりますから、この猫はしばらく私に預からせてくださいませ」
そうお願いなさりながらも、
<なんという馬鹿馬鹿しいことをしているのだ>
とご自分にあきれてしまわれる。

とはいえやっと手に入れた猫だもの、夜はそばに置いてお休みになり、朝になればかわいがってお撫でになる。
はじめは人見知りしていた猫もすっかり懐いて、お着物の(すそ)にまとわりついたり、衛門の督様の近くで寝転んだりするようになった。
縁側(えんがわ)で寂しそうになさっていると、猫が近づいてきて甘えた声で鳴く。
それが「寝よう寝よう」と言っているように聞こえて衛門の督様は苦笑いなさる。

「手に入れられないあの人の代わりにおまえをかわいがっているけれど、私に何か言いたいことでもあるのか。おまえとも前世(ぜんせ)から出会う運命だったのだろうな」
猫の顔を見つめておっしゃると、ますますかわいらしい声で鳴く。
()いて優しく撫でながら、ぼんやりと物思いをしておられる。
「今まで生き物なんてご興味のない方だったのに、どうして突然猫をかわいがりはじめなさったのかしら」
女房(にょうぼう)たちは不思議に思う。
東宮様から返すように(おお)せがあったけれどお返しなさらない。
太政(だいじょう)大臣(だいじん)(てい)のご自分のお部屋で猫と語り合ってお過ごしになっている。