野いちご源氏物語 三四 若菜(わかな)下

(むらさき)(うえ)がお亡くなりになったらしいと聞いて、弔問(ちょうもん)(きゃく)がぞくぞくとやって来る。
お祭り見物(けんぶつ)の帰りにあちこちで(うわさ)になったみたい。
「大変なことになった。あれほど源氏(げんじ)(きみ)に愛されて幸福だった女君(おんなぎみ)が亡くなったから、今日は雨なのだ」
「まさに美人ほど寿命(じゅみょう)が短いということだろう。あれほどの人が長生きして世の中の楽しみを味わいつくしたら、他の者はつまらなくなってしまうからな。これからは(おんな)(さん)(みや)様がご勢力(せいりょく)を取り戻されるだろう」
貴族たちがひそひそと話している。

衛門(えもん)(かみ)様は昨日一日があまりに長かったことに()りて、弟君(おとうとぎみ)たちとお祭り見物に出かけていらっしゃった。
噂を聞いて、そのまま二条(にじょう)(いん)へ向かわれる。
まだ本当かどうか分からないので、ふつうのお見舞いのようにして参上なさった。
お屋敷のなかから女房(にょうぼう)たちの泣き声が聞こえてきて、<噂は本当だったのだ>とお胸が騒ぐ。
紫の上の父宮(ちちみや)であられる式部卿(しきぶきょう)(みや)様が、げっそりしたお顔で入っていかれた。

源氏の君の家来たちが弔問客の対応をしている。
それを待っておいでになると、大将(たいしょう)様が涙をぬぐいながら出ていらっしゃった。
衛門の督様は近くへ寄ってお話しかけになる。
「いったいどういうことでしょう。よくない噂を耳にしましたが、とても信じられず、ただお見舞いに参上したのですが」
「ずっとかなりお悪い状態で、今朝お亡くなりになったように見えたのだけれど、どうやら妖怪(ようかい)のしわざだったらしいのです。先ほど息を吹き返しなさったそうですが、まだ安心はできないご容態(ようだい)で本当につらい」
泣きはらした目をなさっている。
<この人の養母(ようぼ)花散里(はなちるさと)の君で、紫の上とはそれほど親しいと聞いていなかったけれど>
衛門の督様はあやしんで、ご自分の許されない恋のことがあるから、大将様のこともお疑いになるの。

たくさんの弔問客が来ているとお聞きになって、源氏の君は家来を通じておっしゃる。
「重病だった者が急に危篤(きとく)状態になりましたから、女房などが混乱して騒ぎまして、私もなんだか心が落ち着かないままでおります。お見舞いいただいたお礼は、また改めてまして」
冷静になった衛門の督様は一刻(いっこく)も早く立ち去りたいとお思いになる。
どさくさに(まぎ)れて二条の院にお入りになったけれど、本来なら源氏の君に近づくなんて恐ろしいの。
お心にやましいことがおありですものね。