野いちご源氏物語 三四 若菜(わかな)下

衛門(えもん)(かみ)様は一日中お悩みになっている。
賀茂(かも)神社(じんじゃ)のお祭りがあるので、ご友人が見物(けんぶつ)(さそ)いにいらっしゃるけれど、ぼんやりとしたご様子でお断りになる。
正妻(せいさい)のことは(とうと)(みや)様として重々(おもおも)しくお(あつか)いになるだけで、夫君(おっとぎみ)らしいご愛情はお見せにならない。

ひととおりのご挨拶(あいさつ)をしたら婿君(むこぎみ)用のお部屋に(こも)って、物思いにふけっておられる。
賀茂神社のお(しるし)である(あおい)を持っている女童(めのわらわ)にお目を()めて、
<葵は『会おう』に似た名前の花だけれど、私と(おんな)(さん)(みや)様が会うことは(つみ)で、神様もお許しにならないことだったのだ>
と後悔なさる。
外からは行きかう乗り物の音が聞こえる。
世間はお祭りでにぎやかなのに、衛門の督様はご自分のせいでその()に入れず、長い一日を過ごしていらっしゃった。

ご正妻も夫君のご様子がおかしいことに気づいていらっしゃる。
理由まではお分かりにならないけれど、
<私のせいだろうか、そうだとしてもひどい態度ではないか>
とお苦しみになる。
女房(にょうぼう)たちはお祭り見物に出かけてしまったので、おそばに(ひか)えている人は少ない。
ぼんやりと(そう)を弾いておられるお姿は、宮様らしく上品でお美しい。
それでも衛門の督様は満足なさらない。
<どうせならやはり女三の宮様がよかった>
手が届かなかった女三の宮様のことを(あきら)められずにいらっしゃる。
「ご姉妹とはいえ、私が頂戴(ちょうだい)したのは落葉(おちば)のようにつまらない人の方だ」
なんて失礼なことをおっしゃるのかしら。