野いちご源氏物語 三四 若菜(わかな)下

十月のことなので住吉(すみよし)大社(たいしゃ)紅葉(こうよう)が美しい。
神様のために源氏(げんじ)(きみ)は音楽を演奏させなさる。
波風の音と響きあって、笛の()もいつもとは違った感じに聞こえる。
場所がよいとぐっと魅力(みりょく)が増すものよね。

若い貴族が()う姿も美しくて、源氏(げんじ)(きみ)はご自分の青春時代をお(なつ)かしみになる。
須磨(すま)明石(あかし)謹慎(きんしん)生活を送ったことが昨日のことのように思い出されるけれど、そのころのことを何もかも話し合える人はいらっしゃらない。
<引退した太政(だいじょう)大臣(だいじん)がいてくれたら>
と恋しく思われる。

尼君(あまぎみ)()てにこっそりとお手紙をお書きになった。
「私が苦しかった時代を知る人も少なくなりました。住吉(すみよし)の神様にどれほど救っていただいたかは、もう尼君しかご存じないでしょう」
お手紙を読んで尼君は泣く。
今は夢のようなお行列のなかにいるけれど、二十年近く前、都にお帰りになる源氏の君を絶望(ぜつぼう)の気持ちでお見送りしたことを思い出すの。
女御(にょうご)様がお生まれになって、そこからまた運勢(うんせい)(うわ)()いて今につづいている。

亡くなった夫君(おっとぎみ)のことも思い出すけれど、お返事に不吉(ふきつ)なことは書いてはいけない。
「私がこうして幸せな境遇(きょうぐう)におりますのも、住吉の神様のおかげでございます。恐れながらこれほどお救いいただけるとは思っておりませんでした」
思ったままを書いてお送りする。
「女御様のお幸せを拝見すればするほど、昔の苦労や悲しみも思い出してしまうけれど」
尼君はそっとつぶやいた。
幸せになったからといって過去を忘れられるものではないのよね。

神様にお礼の宝物をさしあげてお帰りになる。
荷物が少なくなったので、身軽(みがる)にあちこち見物(けんぶつ)しながら都に向かわれる。
世間では「明石の尼君」という言葉が流行(はや)った。
尼君のように幸運を手に入れたいときに使うの。
たとえば元太政大臣様のお屋敷に今もいる近江(おうみ)(きみ)が、双六(すごろく)のさいころを振るときに必死に(とな)えている。