野いちご源氏物語 三四 若菜(わかな)上

(おんな)(さん)(みや)様には何人かの乳母(めのと)がいらっしゃるけれど、一番格上の乳母の兄が、源氏(げんじ)(きみ)に親しくお仕えしている。
姫宮(ひめみや)様のことも気にかけている人だから、何かと乳母の相談相手になっているの。
上皇(じょうこう)様は姫宮様を源氏の君とご結婚させられないかとお考えなのです。兄君(あにぎみ)からさりげなく源氏の君にお伝えくださいませんか。内親王(ないしんのう)様は生涯(しょうがい)独身を(つらぬ)かれるのが原則ですけれど、やはり今の時代は、お世話して後見(こうけん)してくださる夫君(おっとぎみ)をお持ちになった方が頼もしいですもの。

上皇様がご出家(しゅっけ)なさったら、姫宮様は頼りにできる方がいらっしゃらなくなります。私たちではお仕えするにも限界がありますし、私はそんな不届(ふとど)きなことはいたしませんけれど、他の女房(にょうぼう)がろくでもない男を手引きしてしまう可能性だってあります。それが(うわさ)になったらとんでもないことです。

とにかく上皇様がご出家なさる前に夫君をお決めくだされば、私たちもお仕えしやすくなるのです。(とうと)い内親王様と申し上げても、結局女は運命に翻弄(ほんろう)されるもので、あれこれ心配は()きません。四人の姫宮様たちのなかで特別にかわいがられておいでの方ですから、他の宮様からの嫉妬(しっと)も心配です。そこまで心配しなくてもと兄君は思われるかもしれませんけれど、私は姫宮様にほんの少しも傷ついていただきたくないのです」

兄は悩みながら言う。
「どうだろうな。たしかに源氏の君は女君(おんなぎみ)を長く大切になさる方で、ご愛情の深さにかかわらず六条(ろくじょう)(いん)二条(にじょう)(ひがし)(いん)にお集めになっているけれど、やはり(むらさき)(うえ)が別格の女君でいらっしゃる。もし姫宮様が六条の院にお入りになったら、さすがに紫の上は遠慮なさるだろうが、源氏の君のご愛情はどうだろうか。

しかし、ひとつ期待できる点があるとすれば、源氏の君は今いらっしゃる女君たちに完全な満足はしておられないということだ。内々(うちうち)にそのようなことをおっしゃっているらしい。私などから見ても、上皇様と同格におなりになった源氏の君に()()うご身分の方はおられない。女君たちはせいぜい上級貴族のご出身で、紫の上は式部卿(しきぶきょう)(みや)様の姫君(ひめぎみ)だがご正妻(せいさい)のお子ではいらっしゃらない。亡き常陸(ひたち)の宮様の姫君はご正妻のお子で、表面上は大切にしておられるけれど、ご愛情は薄いようでいらっしゃる。
そんなふうだから、本当にこちらの姫宮様とご結婚なさったら、さぞかしお似合いのご夫婦におなりだろう」

乳母は兄から聞いた話を上皇様にお伝えする。
「それから兄が申しますには、『源氏の君はきっとお引き受けなさるのではないか。高貴(こうき)なご正妻がほしいという長年のご希望が(かな)ったとお思いになるだろう』とのことで、『上皇様のお許しが本当にあるのなら、私からお伝えいたしましょう』とも申しておりますが、いかがいたしましょうか。

源氏の君の女君たちへの広いご愛情はご立派ですけれど、その女君のひとりになると、ふつうの身分の女性でも不快なことはありますでしょう。ましてこちらは尊い姫宮様でいらっしゃいますから、失礼だとお思いになることも起きるかもしれません。姫宮様の後見をさせていただきたいという方はたくさんいらっしゃいますから、どうかよくお考えになってお決めくださいませ。

内親王様と申しましても、近ごろはご自分の意思をお持ちになって、柔軟(じゅうなん)にご結婚生活を送っておいでの方も多うございます。しかしこちらの姫宮様は、ご意思というものがどうもはっきりしませんから、やはりご結婚相手はしっかりと姫宮様を(みちび)いてくださる方でなければと存じます。夫君(おっとぎみ)がだいたいのことをきちんとお決めくださいましたら、私どもも力を()くしてお仕えすることができましょう」
乳母は女三の宮様の頼りないご性格をよく知っているから、
<上皇様の代わりに姫宮様を後見する夫君が必要だ>
切実(せつじつ)に思っているの。