源氏の君よりも一足早く、ご子息の中納言様がお見舞いに上がられた。
近くまでお招きになって、あれこれとお話しになる。
「亡き上皇様はご遺言のなかで、源氏の君のことと今の帝のことをとくに熱心に言い置かれたのです。そのころ私はすでに帝の位にありましたが、母である皇太后様や、祖父である当時の右大臣に遠慮しながら政治をしていました。源氏の君を大切な弟と思う私の気持ちに変わりはなかったけれど、情けない話だが自分の意見を貫くことはできず、ご遺言に背いて源氏の君を須磨へ行かせてしまった。
私は源氏の君から恨まれても仕方がないと思っていました。しかしあの人は、都に戻ってからも私への恨みなどちらりともお見せにならない。どれほどの賢人であっても、自分が理不尽な目に遭えば冷静ではいられなくなるものなのに。それでもいつかは仕返しをされる日が来るだろうと世間も私も思っていたが、ずっと我慢をお続けになっているのです。
さらには私の皇子である東宮に姫君を入内させて盛り立てようとしてくれるのだから、これ以上ありがたいことはない。お礼を言わなければと思っていますが、それも親馬鹿すぎるような気がしましてね、何も言えないでいるのですよ。
今の帝のことはご遺言どおり大切にお守りいたしました。それだけが私の生涯で誇れることです。このような時代にはもったいないほど優れた帝として、私の失敗だらけの政治を挽回してくださっていますから、うれしく思っております。
この間の行幸は楽しかった。あれから昔のことがいろいろと思い出されて、ぜひ源氏の君とゆっくりお話ししたいのですよ。直接お伝えしたいこともありますから、きっとご自身でお見舞いくださるよう、そなたからもお願いしてください」
弱々しくお話しになるので、中納言様は励ますように申し上げなさる。
「父が須磨へ行くことになった事情は、当時子どもだった私には分かりかねますが、少なくとも私はこれまで、上皇様への恨み言を父から聞いたことはございません。元服して内裏でお仕えするようになりましてから、お役目のことも個人的なこともいろいろと教わりましたが、『昔つらい目に遭った』などとほのめかされたことはないのです。
亡き上皇様からは、上皇様と帝に尽くすようにというご遺言があったと聞いております。ただ、上皇様が帝でいらっしゃったころは父はまだ若うございましたし、人となりも役職も他に立派な方がいらっしゃったために、十分にお仕えして誠意をお見せすることができなかったようです。逆に今は、上皇様と同格の扱いをしていただくようになって、帝のご後見を途中でやめてしまいましたから、いずれのご遺言も守れていないと思いながら屋敷に籠っているようです。
『政治から離れて静かにお過ごしの上皇様をお訪ねして、打ち解けてお話を伺いたい。しかしもう気軽に出かけられる身分ではなく、どうしようかと思っているうちに月日が経ってしまった』とよく嘆いております」
中納言様はまだ二十歳にもおなりでないけれど、すっかり整って、ご器量も盛りのお美しさでいらっしゃる。
上皇様はじっとお見つめになって、
<女三の宮の後見役にぴったりではないか>
と思いつかれた。
「太政大臣の婿になったそうですね。姫との結婚をなかなか許さないらしいと噂で聞いて、不思議にも気の毒にも思っていましたから安心しましたよ。しかし太政大臣がうらやましくもある」
<どういうことだろう>
と中納言様はお思いになって、女三の宮様のことだとお気づきになった。
「姫宮をふさわしい夫に預けて安心して出家したい」とおっしゃっているのを、人づてにお聞きになったことがあるの。
かといって訳知り顔でお答えするわけにもいかない。
ただ、
「つまらない人間ですので、結婚するのも難しいことでございまして」
とだけ謙遜なさった。
近くまでお招きになって、あれこれとお話しになる。
「亡き上皇様はご遺言のなかで、源氏の君のことと今の帝のことをとくに熱心に言い置かれたのです。そのころ私はすでに帝の位にありましたが、母である皇太后様や、祖父である当時の右大臣に遠慮しながら政治をしていました。源氏の君を大切な弟と思う私の気持ちに変わりはなかったけれど、情けない話だが自分の意見を貫くことはできず、ご遺言に背いて源氏の君を須磨へ行かせてしまった。
私は源氏の君から恨まれても仕方がないと思っていました。しかしあの人は、都に戻ってからも私への恨みなどちらりともお見せにならない。どれほどの賢人であっても、自分が理不尽な目に遭えば冷静ではいられなくなるものなのに。それでもいつかは仕返しをされる日が来るだろうと世間も私も思っていたが、ずっと我慢をお続けになっているのです。
さらには私の皇子である東宮に姫君を入内させて盛り立てようとしてくれるのだから、これ以上ありがたいことはない。お礼を言わなければと思っていますが、それも親馬鹿すぎるような気がしましてね、何も言えないでいるのですよ。
今の帝のことはご遺言どおり大切にお守りいたしました。それだけが私の生涯で誇れることです。このような時代にはもったいないほど優れた帝として、私の失敗だらけの政治を挽回してくださっていますから、うれしく思っております。
この間の行幸は楽しかった。あれから昔のことがいろいろと思い出されて、ぜひ源氏の君とゆっくりお話ししたいのですよ。直接お伝えしたいこともありますから、きっとご自身でお見舞いくださるよう、そなたからもお願いしてください」
弱々しくお話しになるので、中納言様は励ますように申し上げなさる。
「父が須磨へ行くことになった事情は、当時子どもだった私には分かりかねますが、少なくとも私はこれまで、上皇様への恨み言を父から聞いたことはございません。元服して内裏でお仕えするようになりましてから、お役目のことも個人的なこともいろいろと教わりましたが、『昔つらい目に遭った』などとほのめかされたことはないのです。
亡き上皇様からは、上皇様と帝に尽くすようにというご遺言があったと聞いております。ただ、上皇様が帝でいらっしゃったころは父はまだ若うございましたし、人となりも役職も他に立派な方がいらっしゃったために、十分にお仕えして誠意をお見せすることができなかったようです。逆に今は、上皇様と同格の扱いをしていただくようになって、帝のご後見を途中でやめてしまいましたから、いずれのご遺言も守れていないと思いながら屋敷に籠っているようです。
『政治から離れて静かにお過ごしの上皇様をお訪ねして、打ち解けてお話を伺いたい。しかしもう気軽に出かけられる身分ではなく、どうしようかと思っているうちに月日が経ってしまった』とよく嘆いております」
中納言様はまだ二十歳にもおなりでないけれど、すっかり整って、ご器量も盛りのお美しさでいらっしゃる。
上皇様はじっとお見つめになって、
<女三の宮の後見役にぴったりではないか>
と思いつかれた。
「太政大臣の婿になったそうですね。姫との結婚をなかなか許さないらしいと噂で聞いて、不思議にも気の毒にも思っていましたから安心しましたよ。しかし太政大臣がうらやましくもある」
<どういうことだろう>
と中納言様はお思いになって、女三の宮様のことだとお気づきになった。
「姫宮をふさわしい夫に預けて安心して出家したい」とおっしゃっているのを、人づてにお聞きになったことがあるの。
かといって訳知り顔でお答えするわけにもいかない。
ただ、
「つまらない人間ですので、結婚するのも難しいことでございまして」
とだけ謙遜なさった。



