野いちご源氏物語 三四 若菜(わかな)上

冬の御殿(ごてん)には明石(あかし)(きみ)母君(ははぎみ)も暮らしている。
もうすっかり()けていて、女御(にょうご)様のご病床(びょうしょう)によろよろと近づいてくるの。
恐れ多い女御様だと分かっているだろうけれど、愛しい孫娘の出産を夢のようにうれしく思う気持ちの方が強いみたい。
明石の君は女御様が田舎(いなか)でお生まれになったことを、女御様にはまだお教えしていない。
それなのに、この尼君(あまぎみ)はひとりで勝手に感動して、泣きながら昔話を申し上げる。

奇妙(きみょう)な尼君だ>
女御様はびっくりなさった。
物心(ものごころ)がつく前に(むらさき)(うえ)に引き取られなさったから、尼君のことを覚えていらっしゃらないの。
それでもそういう祖母君(そぼぎみ)がいることは少しはご存じだったから、追い払わずに話を聞いておあげになる。
源氏(げんじ)(きみ)が明石へお越しになったときのことや、女御様がお生まれになったときのことをお話し申し上げるけれど、尼君にとって何より忘れられないのは、源氏の君が都にお帰りになってしまわれたときのこと。
「誰もかれも(なげ)きに嘆いたのですよ。せっかく幸運に近づいたと思ったのに、あぁここまでか、これでおしまいかと思ったのです。しかしね、あのとき娘のお腹にいらっしゃったあなた様が、私たち明石の一族を引き上げてくださったのです。なんというありがたいことでしょう」
ほろほろと泣きだしてしまう。

<私はそんなふうにして生まれたのか。あやうく知らないままになるところだった>
女御様もお泣きになる。
<母君の身分が低いことは知っていたが、まさか自分が田舎で生まれたとは思わなかった。本当なら女御の(くらい)になどなれる身ではなかったのだ。養母(ようぼ)の紫の上が大切にお世話してくださったおかげで世間から尊重(そんちょう)されているだけだというのに、思い上がって他のお(きさき)様たちを内心(ないしん)で見下していた。事情を知っている世間の人は私の振舞いを悪く言っていただろう>

祖父君(そふぎみ)の明石の入道(にゅうどう)のことも少しお聞きになって、その人のことも心苦しくお思いになる。
これまでは女御様のお耳に余計な話が入らないように、源氏の君や紫の上がかなり気を(つか)っていらっしゃったのでしょうね。