野いちご源氏物語 三四 若菜(わかな)上

()(みだ)れた源氏(げんじ)(きみ)がこっそりとお帰りになったのを(むらさき)(うえ)は迎えて、
<やはり上皇(じょうこう)様の尚侍(ないしのかみ)様のところへ行かれていたのだ>
とお思いになる。
それでもはっきりと問いただすことはなさらない。
<気づいているだろうに、何も言われないのは嫉妬(しっと)されるよりも心苦しい。これほど愛している人をどうして放って出かけてしまったのか>
源氏の君は後悔なさって、いつも以上に言葉を()くしてお(なぐさ)めになる。

朧月夜(おぼろづきよ)尚侍(ないしのかみ)様のことはお話しになるべきではないけれど、紫の上もある程度はご存じのご関係だから、肝心(かんじん)なところは隠して言い訳をなさる。
「あなたのご想像どおり、実は尚侍(ないしのかみ)様のところへ(うかが)っていたのです。もちろんついたて越しでしかお会いいただけませんでしたし、それもほんの短い時間でしたから、物足りないような気がします。人目(ひとめ)を避けてもう一度伺おうと思う」

紫の上は静かにお笑いになる。
「まぁ、ずいぶんと若返りなさったのですね。新しいご正妻(せいさい)をお迎えになっただけでなく、昔の恋人まで取り戻されては、私の居場所はなくなってしまいそうです」
涙ぐまれるお目元(めもと)がいじらしい。
「そんなふうに不安そうになさっては心苦しい。いっそもっと分かりやすく(にく)んでください。あなたと私の仲ではありませんか」
あれこれとご機嫌をお取りになっているうちに、どうやら昨夜のことはすべて話してしまわれたみたい。

その日はずっと紫の上とご一緒にいらっしゃって、姫宮(ひめみや)様のところへは行かれない。
(みや)様はあいかわらずぼんやりなさって何ともお思いにならないのだけれど、乳母(めのと)たちは心配そうにしている。
宮様ご本人が不満をおっしゃるなら源氏の君も気を(つか)われるけれど、そういうことはなさらない幼い方だから、源氏の君はかわいらしいお人形くらいに思っていらっしゃる。