野いちご源氏物語 三四 若菜(わかな)上

姫宮(ひめみや)様のご降嫁(こうか)のあと、上皇(じょうこう)様は山寺(やまでら)にお移りになった。
源氏(げんじ)(きみ)のところに頻繁(ひんぱん)にお手紙が届く。
とくに姫宮(ひめみや)様のことを何度もおっしゃって、
「私がどう思うかなど気になさらず、あなたのお好きなようにしていただいて構いませんから」
とあるけれど、宮様の幼さをご心配なさっていることは明らかなの。

(むらさき)(うえ)の方にも特別にお手紙をお送りになる。
「幼い姫宮が何も分からないままそちらへ行っておりますが、悪意(あくい)などない子ですからどうか許してご後見(こうけん)ください。あの宮の母はあなたの叔母(おば)にあたる人ですから、従姉妹(いとこ)同士の(えん)だと思ってください。仏教(ぶっきょう)修行(しゅぎょう)(さまた)げになりそうなほど気がかりなのです。出家(しゅっけ)の身でいつまでも子どもの心配をするなどあってはならないことですが」

源氏の君もご覧になった。
「お気の毒なお手紙だ。かしこまってお返事をお書きなさい」
とおっしゃる。
紫の上は書きにくく思われたけれど、「謹んで承知いたしました」というお返事の後に、素直なお気持ちをお書きになった。
「大切な姫宮様でいらっしゃるのですから、無理にお忘れになることはないと存じます」
上皇様はそのご筆跡(ひっせき)をご覧になって、
<何もかも完璧な女性のようだ。そんな人が幼い姫宮をどう見ているだろう>
と心苦しくお思いになる。