野いちご源氏物語 三四 若菜(わかな)上

そんなふうに思い悩んでいらっしゃったからかしら、源氏(げんじ)(きみ)の夢に(むらさき)(うえ)が現れなさった。
悪い予感がして、源氏の君は(とり)の声を聞くやいなや紫の上の離れにお帰りになる。
まだ夜だから、本当はもう少しゆっくりなさるべきなのだけれど。

姫宮(ひめみや)様はとにかく幼いご様子なので、乳母(めのと)たちがすぐ近くにお仕えしている。
その乳母たちが出ていかれる源氏の君をお見送り申し上げる。
宮様は子どものように眠っておられてお気づきにならない。
夜明け間近(まぢか)の空は暗い。
ぼんやりとした雪の光のなかをお帰りになっていく。
あたりには源氏の君のすばらしい香りだけが残って、
「お姿は見えず香りだけ。春の夜の梅のようでいらっしゃる」
乳母(めのと)はつぶやいた。

お庭のところどころに雪が残っている。
源氏の君は離れの戸を(たた)かれたけれど、女房(にょうぼう)は出てこない。
少し()らしめてさしあげようと寝たふりをしているのね。
しばらく渡り廊下にお待たせしてから、戸の(かぎ)を開けてお部屋のなかにお入れした。

(むらさき)(うえ)布団(ふとん)を引き下げながらおっしゃる。
「待たされてすっかり冷えてしまった。あなたのお怒りを思うと血も(こお)るような気がします。悪いことなどしていないはずなのに」
涙で()れたお(そで)をさっと隠して、紫の上はやさしく微笑(ほほえ)まれる。
それでも少し距離をお取りになるご様子が見えて、高いご身分の女性らしい感じがするの。
内親王(ないしんのう)様でもこれほどではいらっしゃらないのに>
先ほどまでご一緒だった姫宮様と思わずお比べになる。