野いちご源氏物語 三四 若菜(わかな)上

ご結婚から三日間は、作法どおり毎晩新婦のところへお通いになる。
(むらさき)(うえ)には初めての経験で、我慢しても悲しくなってしまわれる。
源氏(げんじ)(きみ)のお着物にお(こう)()きしめながら、ぼんやりと物思いしていらっしゃるご様子がいじらしい。

上皇(じょうこう)様からのご依頼であったとはいえ、どうして新しい結婚などしてしまったのだろう。女好きの(くせ)が出て冷静な判断ができなかったのだ。上皇様は、真面目な息子の中納言(ちゅうなごん)婿(むこ)にすることは遠慮なさった。紫の上だけに一途(いちず)であれば、私のこともお(あきら)めになっただろうに>
ご自分にあきれて、思わず涙ぐんでしまわれるの。
「三日目の今夜までは仕方がないと許してください。この先あなたから離れることがあったら、私は自分で自分が嫌いになるだろう。とにかく今夜はあちらへお(うかが)いしなければ、上皇様に申し訳がありませんから」
いかにもお苦しそうにおっしゃる。

紫の上は苦笑いなさる。
「すっぱりお出かけになれば仕方がないことなのだろうと私も(あきら)めますけれど、そんなふうに出かけるかどうか迷っておいででは、本当に仕方がないことなのかしらと、私には分からなくなってしまいます」
ごもっともなお返事なので、源氏の君は気まずくなって、どうしたものかとお悩みになる。

「ご愛情など(はかな)いものですね」
女君(おんなぎみ)が小さくつぶやかれる。
「何を言うのです。命が()きたとしても私たちの愛は永遠ですよ」
そんなことをおっしゃってなかなかお出かけにならないので、
「私が困ってしまいますから」
と女君はおすすめなさる。
美しく身支度(みじたく)なさった源氏の君をお見送りする紫の上は、とても(おだ)やかではいらっしゃれなかったでしょうね。

<これはいよいよ駄目(だめ)かもしれない>という浮気(うわき)沙汰(ざた)はこれまでにも何度もあったけれど、そのどれもご結婚まではたどり着かなかったから、もう完全に源氏の君を信用しておられたの。
<まさかこの年になって、世間が意地悪く(うわさ)しそうな状況になるとは。ご信用できないことが分かってしまったから、この先も不安だ>
とお悩みになる。

さりげなくいつもどおりにお振舞いになっているものの、女房(にょうぼう)たちは(かげ)では不安になっている。
「思いがけないことになりましたね。源氏の君にはたくさんの女君がいらっしゃいますけれど、どなたもこちらの紫の上に遠慮しながらお暮らしになっていたからこそ、全体が穏やかにうまくいっていたのです。姫宮様は全体の調和(ちょうわ)などお気になさらないご様子ですから、これからどうなってしまうのでしょう。いくら宮様のご勢力が強くても、紫の上がお負けになるとは思えませんけれど。それでもちょっとしたいざこざは起きるでしょうし、面倒(めんどう)(ごと)も出てくるでしょうね」
女房同士でひそひそと(なげ)いているけれど、紫の上は気づかないふりで、ご機嫌よくお話をなさって夜が()けるまで起きていらっしゃる。

ご自分はこのご結婚をお祝いしていると、女房たちに伝えておいた方がよいとお思いになるの。
「源氏の君には女君がたくさんおありだけれど、ご身分にふさわしいほどの方はいらっしゃらないから、私も残念に思っていたのですよ。だから姫宮様がお越しくださって、ご立派なご正妻(せいさい)がおできになったことがうれしいのです。私はまだまだ子どもっぽいところがありますから、お若い宮様と仲良くさせていただきたいと思っているのに、周りがまったく逆の噂をするから困ってしまう。
あちらは恐れ多くも内親王(ないしんのう)様ですよ。しかも父君(ちちぎみ)であられる上皇様のご出家(しゅっけ)のために、ご自分の意思とは関係なくご降嫁(こうか)が決まった方なのですから、私がお(にく)み申し上げるなど(ばち)()たりでしょう」
堂々とそうおっしゃるので、女房たちは、
「あまりにお優しすぎる」
などと小声で言う。

夜更(よふ)かししすぎては、女房が何か思うだろう>
とご寝室にお入りになった。
横になっても寂しくて悪いことばかりを考えてしまわれる。
<源氏の君が須磨(すま)へ行かれていたときは、とにかくご無事だけをお祈りしていた。悲しみのせいでお互いにあのとき死んでいてもおかしくなかったのだから、それを思えばこのくらいのことが何であろう>
と、お心を(なぐさ)めようとなさる。

風が吹いている夜の空気は冷たくて、少しも眠れずにいらっしゃる。
<女房たちにあやしまれたくない>
と寝返りもできずに苦しそうにしておられる。
そのまま明け方が近づいて、(とり)の声が聞こえる。