ご結婚から三日間は、作法どおり毎晩新婦のところへお通いになる。
紫の上には初めての経験で、我慢しても悲しくなってしまわれる。
源氏の君のお着物にお香を焚きしめながら、ぼんやりと物思いしていらっしゃるご様子がいじらしい。
<上皇様からのご依頼であったとはいえ、どうして新しい結婚などしてしまったのだろう。女好きの癖が出て冷静な判断ができなかったのだ。上皇様は、真面目な息子の中納言を婿にすることは遠慮なさった。紫の上だけに一途であれば、私のこともお諦めになっただろうに>
ご自分にあきれて、思わず涙ぐんでしまわれるの。
「三日目の今夜までは仕方がないと許してください。この先あなたから離れることがあったら、私は自分で自分が嫌いになるだろう。とにかく今夜はあちらへお伺いしなければ、上皇様に申し訳がありませんから」
いかにもお苦しそうにおっしゃる。
紫の上は苦笑いなさる。
「すっぱりお出かけになれば仕方がないことなのだろうと私も諦めますけれど、そんなふうに出かけるかどうか迷っておいででは、本当に仕方がないことなのかしらと、私には分からなくなってしまいます」
ごもっともなお返事なので、源氏の君は気まずくなって、どうしたものかとお悩みになる。
「ご愛情など儚いものですね」
女君が小さくつぶやかれる。
「何を言うのです。命が尽きたとしても私たちの愛は永遠ですよ」
そんなことをおっしゃってなかなかお出かけにならないので、
「私が困ってしまいますから」
と女君はおすすめなさる。
美しく身支度なさった源氏の君をお見送りする紫の上は、とても穏やかではいらっしゃれなかったでしょうね。
<これはいよいよ駄目かもしれない>という浮気沙汰はこれまでにも何度もあったけれど、そのどれもご結婚まではたどり着かなかったから、もう完全に源氏の君を信用しておられたの。
<まさかこの年になって、世間が意地悪く噂しそうな状況になるとは。ご信用できないことが分かってしまったから、この先も不安だ>
とお悩みになる。
さりげなくいつもどおりにお振舞いになっているものの、女房たちは陰では不安になっている。
「思いがけないことになりましたね。源氏の君にはたくさんの女君がいらっしゃいますけれど、どなたもこちらの紫の上に遠慮しながらお暮らしになっていたからこそ、全体が穏やかにうまくいっていたのです。姫宮様は全体の調和などお気になさらないご様子ですから、これからどうなってしまうのでしょう。いくら宮様のご勢力が強くても、紫の上がお負けになるとは思えませんけれど。それでもちょっとしたいざこざは起きるでしょうし、面倒事も出てくるでしょうね」
女房同士でひそひそと嘆いているけれど、紫の上は気づかないふりで、ご機嫌よくお話をなさって夜が更けるまで起きていらっしゃる。
ご自分はこのご結婚をお祝いしていると、女房たちに伝えておいた方がよいとお思いになるの。
「源氏の君には女君がたくさんおありだけれど、ご身分にふさわしいほどの方はいらっしゃらないから、私も残念に思っていたのですよ。だから姫宮様がお越しくださって、ご立派なご正妻がおできになったことがうれしいのです。私はまだまだ子どもっぽいところがありますから、お若い宮様と仲良くさせていただきたいと思っているのに、周りがまったく逆の噂をするから困ってしまう。
あちらは恐れ多くも内親王様ですよ。しかも父君であられる上皇様のご出家のために、ご自分の意思とは関係なくご降嫁が決まった方なのですから、私がお憎み申し上げるなど罰当たりでしょう」
堂々とそうおっしゃるので、女房たちは、
「あまりにお優しすぎる」
などと小声で言う。
<夜更かししすぎては、女房が何か思うだろう>
とご寝室にお入りになった。
横になっても寂しくて悪いことばかりを考えてしまわれる。
<源氏の君が須磨へ行かれていたときは、とにかくご無事だけをお祈りしていた。悲しみのせいでお互いにあのとき死んでいてもおかしくなかったのだから、それを思えばこのくらいのことが何であろう>
と、お心を慰めようとなさる。
風が吹いている夜の空気は冷たくて、少しも眠れずにいらっしゃる。
<女房たちにあやしまれたくない>
と寝返りもできずに苦しそうにしておられる。
そのまま明け方が近づいて、鶏の声が聞こえる。
紫の上には初めての経験で、我慢しても悲しくなってしまわれる。
源氏の君のお着物にお香を焚きしめながら、ぼんやりと物思いしていらっしゃるご様子がいじらしい。
<上皇様からのご依頼であったとはいえ、どうして新しい結婚などしてしまったのだろう。女好きの癖が出て冷静な判断ができなかったのだ。上皇様は、真面目な息子の中納言を婿にすることは遠慮なさった。紫の上だけに一途であれば、私のこともお諦めになっただろうに>
ご自分にあきれて、思わず涙ぐんでしまわれるの。
「三日目の今夜までは仕方がないと許してください。この先あなたから離れることがあったら、私は自分で自分が嫌いになるだろう。とにかく今夜はあちらへお伺いしなければ、上皇様に申し訳がありませんから」
いかにもお苦しそうにおっしゃる。
紫の上は苦笑いなさる。
「すっぱりお出かけになれば仕方がないことなのだろうと私も諦めますけれど、そんなふうに出かけるかどうか迷っておいででは、本当に仕方がないことなのかしらと、私には分からなくなってしまいます」
ごもっともなお返事なので、源氏の君は気まずくなって、どうしたものかとお悩みになる。
「ご愛情など儚いものですね」
女君が小さくつぶやかれる。
「何を言うのです。命が尽きたとしても私たちの愛は永遠ですよ」
そんなことをおっしゃってなかなかお出かけにならないので、
「私が困ってしまいますから」
と女君はおすすめなさる。
美しく身支度なさった源氏の君をお見送りする紫の上は、とても穏やかではいらっしゃれなかったでしょうね。
<これはいよいよ駄目かもしれない>という浮気沙汰はこれまでにも何度もあったけれど、そのどれもご結婚まではたどり着かなかったから、もう完全に源氏の君を信用しておられたの。
<まさかこの年になって、世間が意地悪く噂しそうな状況になるとは。ご信用できないことが分かってしまったから、この先も不安だ>
とお悩みになる。
さりげなくいつもどおりにお振舞いになっているものの、女房たちは陰では不安になっている。
「思いがけないことになりましたね。源氏の君にはたくさんの女君がいらっしゃいますけれど、どなたもこちらの紫の上に遠慮しながらお暮らしになっていたからこそ、全体が穏やかにうまくいっていたのです。姫宮様は全体の調和などお気になさらないご様子ですから、これからどうなってしまうのでしょう。いくら宮様のご勢力が強くても、紫の上がお負けになるとは思えませんけれど。それでもちょっとしたいざこざは起きるでしょうし、面倒事も出てくるでしょうね」
女房同士でひそひそと嘆いているけれど、紫の上は気づかないふりで、ご機嫌よくお話をなさって夜が更けるまで起きていらっしゃる。
ご自分はこのご結婚をお祝いしていると、女房たちに伝えておいた方がよいとお思いになるの。
「源氏の君には女君がたくさんおありだけれど、ご身分にふさわしいほどの方はいらっしゃらないから、私も残念に思っていたのですよ。だから姫宮様がお越しくださって、ご立派なご正妻がおできになったことがうれしいのです。私はまだまだ子どもっぽいところがありますから、お若い宮様と仲良くさせていただきたいと思っているのに、周りがまったく逆の噂をするから困ってしまう。
あちらは恐れ多くも内親王様ですよ。しかも父君であられる上皇様のご出家のために、ご自分の意思とは関係なくご降嫁が決まった方なのですから、私がお憎み申し上げるなど罰当たりでしょう」
堂々とそうおっしゃるので、女房たちは、
「あまりにお優しすぎる」
などと小声で言う。
<夜更かししすぎては、女房が何か思うだろう>
とご寝室にお入りになった。
横になっても寂しくて悪いことばかりを考えてしまわれる。
<源氏の君が須磨へ行かれていたときは、とにかくご無事だけをお祈りしていた。悲しみのせいでお互いにあのとき死んでいてもおかしくなかったのだから、それを思えばこのくらいのことが何であろう>
と、お心を慰めようとなさる。
風が吹いている夜の空気は冷たくて、少しも眠れずにいらっしゃる。
<女房たちにあやしまれたくない>
と寝返りもできずに苦しそうにしておられる。
そのまま明け方が近づいて、鶏の声が聞こえる。



