大将様とご結婚なさった玉葛の尚侍様が、四十歳の祝賀会を開きにいらっしゃった。
若菜を食べると寿命が延びるといわれる特別な日に、若菜を持ってお越しになったのよ。
控えめにはなさったけれど、東宮様の伯父君である大将様のご正妻だから、お行列はかなりのものだった。
突然のことだったので、源氏の君がお断りになる隙もない。
春の御殿を会場に飾りつけをしていかれる。
贈り物もたくさん運びこまれる。
現代的でご趣味がよいのはもちろん、賢い方だからご指示もお上手なのでしょうね、目新しく整えられていたわ。
とはいえ源氏の君の派手嫌いなご性格をご存じだから、全体的にはおおげさにならないように抑えてある。
源氏の君は尚侍様とご対面なさった。
お互いお心のうちで何を思われたのかしら。
若々しくお美しいから、とても四十歳におなりになったとは見えない。
数え間違いではないかと思ってしまうほどよ。
そんな源氏の君とお顔を合わせるのは恥ずかしいけれど、ご結婚前と同じように直接お話しになる。
幼い男の子をおふたり連れてきておられる。
兄君はよちよち歩きするかどうか、弟君はまだ生まれたばかりでいらっしゃる。
とてもかわいらしいお子たちよ。
尚侍様は、
「立てつづけに生んだ子どもをお目にかけるのは気恥ずかしい」
とお嫌がりになったのだけれど、大将様が、
「せっかくなのだからご覧いただこう」
とおっしゃったの。
幼児の髪形で、お着物はきちんとおめかしして無邪気にしておられる。
「年を取ったという自覚はなくて昔のまま若いつもりでいたけれど、こうして孫を見せてもらうと思い知らされますね。中納言のところにも子どもが生まれたらしいが、まだ見せてくれないのですよ。あなたが最初に私の四十歳を祝ってくださった。うれしいのと同時に、若菜を食べて寿命を延ばすというのが急に現実味を帯びてきました。老人の仲間に入ったことなど、もうしばらく考えずにいたかったのに」
苦笑いしておっしゃる。
尚侍様はすっかり大人らしくなって、貫禄までおつきになった。
ため息が出るようなご立派なお美しさでいらっしゃる。
「孫を連れて、父君のご長寿を祈りに上がりました」
まるで本当の娘のようにおっしゃる。
若菜を少し召し上がって、源氏の君はお返事なさる。
「幼子を見ると元気が出ますからね。長生きできそうです」
水入らずでお話しになっていると、お客様がお席に着かれていよいよ祝賀会が始まる。
上皇様がご病気ということで、正式な楽団はお呼びにならず、その場にいらっしゃる方だけで音楽会をなさった。
楽器は太政大臣様が一流のものをそろえてお届けになった。
「源氏の君の四十歳の祝賀会ならば、何もかも最高でなければならぬ」
とおっしゃって、ずっと前からご準備なさっていたみたい。
そのなかでも和琴は太政大臣様が秘蔵なさっている名器で、いつもとてもお上手に弾かれているから、他の方は弾くことを遠慮してしまわれる。
ご長男の衛門の督様も遠慮なさっていたけれど、源氏の君が無理におすすめなさると、父君に負けないほどおもしろくお弾きになった。
どんな芸事でも名人は子どもに技術を受け継がせようとするものだけれど、これほど完璧にお継ぎになることはめずらしい。
お客様たちも感動なさる。
楽譜などなくても、ご自分の感性で音色をつくりあげていくのがお上手でいらっしゃるのよね。
父君の太政大臣様は、弦をゆるく張って、低音をとどろかせるようにお弾きになるのに対し、衛門の督様は、高い音色が親しみやすい愛らしさをふりまくような雰囲気でお弾きになる。
<これほどまでに上手だとは知らなかった>
と、親王様たちも驚いていらっしゃったわ。
琴は兵部卿の宮様がお弾きになった。
これは亡き上皇様が内親王様にお譲りになった名器で、それを太政大臣様が今日の音楽会のために頂戴なさったの。
亡き上皇様は源氏の君や兵部卿の宮様の父君であられるから、琴の音色に亡き父君を思い出して、ご兄弟は恋しくお思いになる。
宮様はお泣きになって演奏どころではなくなってしまわれたので、琴を源氏の君にお願いなさった。
物悲しさにつられて、めずらしい曲を一曲お弾きになった。
おおげさではないけれど、この上なくおもしろい夜の音楽会よ。
歌を歌う人たちを集めて、夜が更けるほど打ち解けた会になっていく。
楽しげな楽器の音色とよい声がにぎやかに響く。
源氏の君は今回の祝賀会を公式行事としては扱わず、お土産を個人的にたくさんお出しになった。
明け方になる前に玉葛の尚侍様はお帰りになる。
源氏の君はお返しの贈り物をなさった。
「上皇様と同じ扱いをしていただくようになって、すっかり世間から離れて暮らしていますから、年月が経つのもどこか他人事のように思っていたのですよ。こんなふうにきっちり年齢を数えて祝賀会などをしていただくと、あとどれだけ生きられるだろうかと心細くなりますね。たまにはどれだけ老けただろうかと顔を見にきてください。たいそうな身分になってしまった年寄りは、気軽に出かけることもできない。あなたに思いどおりにお会いできないことが残念なのですよ」
尚侍様も六条の院でお暮らしになっていたころのことをあれこれと思い出される。
短い間のご滞在だったから、もっとゆっくりお話しになりたいこともおありだったでしょうね。
本当の父君の太政大臣様の方は、血がつながっているだけのご関係とお思いになって、こちらの源氏の君の方をそれ以上に大切になさっているの。
細やかにお世話してくださったありがたみを、人妻になってしみじみお感じになっている。
若菜を食べると寿命が延びるといわれる特別な日に、若菜を持ってお越しになったのよ。
控えめにはなさったけれど、東宮様の伯父君である大将様のご正妻だから、お行列はかなりのものだった。
突然のことだったので、源氏の君がお断りになる隙もない。
春の御殿を会場に飾りつけをしていかれる。
贈り物もたくさん運びこまれる。
現代的でご趣味がよいのはもちろん、賢い方だからご指示もお上手なのでしょうね、目新しく整えられていたわ。
とはいえ源氏の君の派手嫌いなご性格をご存じだから、全体的にはおおげさにならないように抑えてある。
源氏の君は尚侍様とご対面なさった。
お互いお心のうちで何を思われたのかしら。
若々しくお美しいから、とても四十歳におなりになったとは見えない。
数え間違いではないかと思ってしまうほどよ。
そんな源氏の君とお顔を合わせるのは恥ずかしいけれど、ご結婚前と同じように直接お話しになる。
幼い男の子をおふたり連れてきておられる。
兄君はよちよち歩きするかどうか、弟君はまだ生まれたばかりでいらっしゃる。
とてもかわいらしいお子たちよ。
尚侍様は、
「立てつづけに生んだ子どもをお目にかけるのは気恥ずかしい」
とお嫌がりになったのだけれど、大将様が、
「せっかくなのだからご覧いただこう」
とおっしゃったの。
幼児の髪形で、お着物はきちんとおめかしして無邪気にしておられる。
「年を取ったという自覚はなくて昔のまま若いつもりでいたけれど、こうして孫を見せてもらうと思い知らされますね。中納言のところにも子どもが生まれたらしいが、まだ見せてくれないのですよ。あなたが最初に私の四十歳を祝ってくださった。うれしいのと同時に、若菜を食べて寿命を延ばすというのが急に現実味を帯びてきました。老人の仲間に入ったことなど、もうしばらく考えずにいたかったのに」
苦笑いしておっしゃる。
尚侍様はすっかり大人らしくなって、貫禄までおつきになった。
ため息が出るようなご立派なお美しさでいらっしゃる。
「孫を連れて、父君のご長寿を祈りに上がりました」
まるで本当の娘のようにおっしゃる。
若菜を少し召し上がって、源氏の君はお返事なさる。
「幼子を見ると元気が出ますからね。長生きできそうです」
水入らずでお話しになっていると、お客様がお席に着かれていよいよ祝賀会が始まる。
上皇様がご病気ということで、正式な楽団はお呼びにならず、その場にいらっしゃる方だけで音楽会をなさった。
楽器は太政大臣様が一流のものをそろえてお届けになった。
「源氏の君の四十歳の祝賀会ならば、何もかも最高でなければならぬ」
とおっしゃって、ずっと前からご準備なさっていたみたい。
そのなかでも和琴は太政大臣様が秘蔵なさっている名器で、いつもとてもお上手に弾かれているから、他の方は弾くことを遠慮してしまわれる。
ご長男の衛門の督様も遠慮なさっていたけれど、源氏の君が無理におすすめなさると、父君に負けないほどおもしろくお弾きになった。
どんな芸事でも名人は子どもに技術を受け継がせようとするものだけれど、これほど完璧にお継ぎになることはめずらしい。
お客様たちも感動なさる。
楽譜などなくても、ご自分の感性で音色をつくりあげていくのがお上手でいらっしゃるのよね。
父君の太政大臣様は、弦をゆるく張って、低音をとどろかせるようにお弾きになるのに対し、衛門の督様は、高い音色が親しみやすい愛らしさをふりまくような雰囲気でお弾きになる。
<これほどまでに上手だとは知らなかった>
と、親王様たちも驚いていらっしゃったわ。
琴は兵部卿の宮様がお弾きになった。
これは亡き上皇様が内親王様にお譲りになった名器で、それを太政大臣様が今日の音楽会のために頂戴なさったの。
亡き上皇様は源氏の君や兵部卿の宮様の父君であられるから、琴の音色に亡き父君を思い出して、ご兄弟は恋しくお思いになる。
宮様はお泣きになって演奏どころではなくなってしまわれたので、琴を源氏の君にお願いなさった。
物悲しさにつられて、めずらしい曲を一曲お弾きになった。
おおげさではないけれど、この上なくおもしろい夜の音楽会よ。
歌を歌う人たちを集めて、夜が更けるほど打ち解けた会になっていく。
楽しげな楽器の音色とよい声がにぎやかに響く。
源氏の君は今回の祝賀会を公式行事としては扱わず、お土産を個人的にたくさんお出しになった。
明け方になる前に玉葛の尚侍様はお帰りになる。
源氏の君はお返しの贈り物をなさった。
「上皇様と同じ扱いをしていただくようになって、すっかり世間から離れて暮らしていますから、年月が経つのもどこか他人事のように思っていたのですよ。こんなふうにきっちり年齢を数えて祝賀会などをしていただくと、あとどれだけ生きられるだろうかと心細くなりますね。たまにはどれだけ老けただろうかと顔を見にきてください。たいそうな身分になってしまった年寄りは、気軽に出かけることもできない。あなたに思いどおりにお会いできないことが残念なのですよ」
尚侍様も六条の院でお暮らしになっていたころのことをあれこれと思い出される。
短い間のご滞在だったから、もっとゆっくりお話しになりたいこともおありだったでしょうね。
本当の父君の太政大臣様の方は、血がつながっているだけのご関係とお思いになって、こちらの源氏の君の方をそれ以上に大切になさっているの。
細やかにお世話してくださったありがたみを、人妻になってしみじみお感じになっている。



