野いちご源氏物語 三四 若菜(わかな)上

お引き受けするにあたって、下心(したごころ)がまったくなかったとは言い切れないから、源氏(げんじ)(きみ)(むらさき)(うえ)にどうご説明しようかお悩みになる。
上皇(じょうこう)様が(おんな)(さん)(みや)様の婿君(むこぎみ)探しをしておられることは紫の上もご存じだったけれど、
<まさか源氏の君が婿君におなりになることはないだろう。亡き式部卿(しきぶきょう)(みや)様の姫君(ひめぎみ)に求婚していらっしゃったようだけれど、それだって無理にご結婚まではなさらなかったのだから>
と予想していらっしゃる。
これまで紫の上のお立場をおびやかす可能性があった女君(おんなぎみ)は、賀茂(かも)神社(じんじゃ)斎院(さいいん)をなさっていた朝顔(あさがお)の姫君だけ。
その方とのご結婚の話も結局はなくなってしまったのだから、今回も大丈夫だろうとお思いなのね。

とくに源氏の君にお尋ねにもならず、すっかり信じていらっしゃるので、源氏の君はお心が落ち着かない。
<ご結婚を引き受けてしまったと聞いたら、紫の上はどう思うだろうか。私の紫の上への思いは変わらないし、むしろ気の毒ゆえに愛情は深まるはずだけれど、それがはっきりするまでは心変わりを疑われるだろうな>

お互い中年(ちゅうねん)におなりになった今は、隠し事などなくしっくりとしたご夫婦(ふうふ)(なか)でいらっしゃるから、ひさしぶりにお持ちになった秘密が気になってしまわれる。
その夜は言い出せないままお休みになった。