野いちご源氏物語 三四 若菜(わかな)上

母君(ははぎみ)へのご遠慮はなくなったけれど、今度はお子たちのことを気がかりにお思いになる。
東宮(とうぐう)様の他には四人の姫宮(ひめみや)様がいらっしゃるの。
そのなかの三番目の姫宮様、(おんな)(さん)(みや)様を上皇(じょうこう)様はとくにかわいがっておられた。

女三の宮様の母君は、式部卿(しきぶきょう)の宮様や亡き入道(にゅうどう)の宮様の妹宮(いもうとみや)であられる。
つまり皇族(こうぞく)出身のご立派な女御(にょうご)様だったのだけれど、しっかりした後見(こうけん)役がいなくて、上皇様の中宮(ちゅうぐう)におなりになることができなかった。
皇太后(こうたいごう)様の妹君(いもうとぎみ)である朧月夜(おぼろづきよ)尚侍(ないしのかみ)様や、今の東宮様をお生みになった承香殿(しょうきょうでん)の女御様の陰に隠れてしまわれたのよね。

上皇様は女三の宮様の母君を愛して、お気の毒に思っていらっしゃった。
でもね、皇子(みこ)を生めず中宮にもなっていない状態で、(みかど)譲位(じょうい)して上皇になってしまわれたら、女御様としてはもう人生が終わったのと同じなの。
ご自分の身の上を(うら)むようにして、幼い女三の宮様を(のこ)してお亡くなりになった。

忘れ形見(がたみ)の姫宮様を、上皇様はかわいそうに思っておかわいがりになっている。
お年は十三、四歳であられる。
<私が出家(しゅっけ)して山寺(やまでら)(こも)ったら、この姫宮は誰を頼りに生きていくのか>
それだけがご心配で、悩み(なげ)いていらっしゃる。

(こも)りになるお寺が完成した。
お引越しの指示をなさりながら、女三の宮様の裳着(もぎ)——成人式、の準備も急がせなさる。
ご自分の財産はお子たちに(ゆず)っていかれるときも、最高級の宝物や家具はこの姫宮におあげになって、残りを他のお子たちにお分けになる。
そのくらい特別に愛していらっしゃるのよ。