野いちご源氏物語 三四 若菜(わかな)上

中宮(ちゅうぐう)様からも姫宮(ひめみや)様にお祝いが届いた。
ずっと昔、中宮様がまだ姫宮様と同じくらいのお年だったころ、斎宮(さいぐう)として伊勢(いせ)神宮(じんぐう)へ行かれることになった。
内裏(だいり)でご出発の儀式(ぎしき)をなさったとき、当時(みかど)であられた上皇様が新斎宮のお(ぐし)(くし)をお()しになった。
大切にとっておかれたその(くし)を、今回姫宮様にお贈りになるの。
「あのとき上皇様に挿していただいた(くし)です。ずいぶん古くなってしまいましたが、姫宮様のお幸せを祈って差し上げます」
というお手紙が添えられていた。

中宮様の母君(ははぎみ)六条(ろくじょうの)御息所(みやすんどころ)は、元東宮(とうぐう)様の未亡人(みぼうじん)という悲しいご境遇(きょうぐう)の方だった。
その母君と伊勢へ行かれて、斎宮のお役目を果たして都に戻られると間もなく母君がお亡くなりになってしまったの。
そんなお心細いときに源氏(げんじ)(きみ)のご養女(ようじょ)になられて、帝に入内(じゅだい)し、中宮にまでおなりになった。
<姫宮様も私の幸運にあやかっていただこう>と(くし)を差し上げなさったのでしょうね。

ただ、上皇様はご期待どおりにならなかった(あわ)い恋を思い出される。
新斎宮のお(ぐし)(くし)を挿しておあげになったとき、そのお美しさに一目(ひとめ)ぼれなさったの。
斎宮が交代して都にお戻りになり、これでやっとご結婚できるとなったとき、養父(ようふ)の源氏の君が選ばれたのは帝だった。
ずっと待ちつづけておられた上皇様ではなく帝に入内なさって、今は中宮でいらっしゃる。

それからもう十年近く()つけれど、上皇様はしみじみとお手紙をご覧になる。
たしかに縁起(えんぎ)のよい(くし)だから、お心を抑えて、真面目にお返事をお言伝(ことづて)なさった。
「あなたのご幸運に姫宮があやかれますよう、私も祈っております」