野いちご源氏物語 三三 藤裏葉(ふじのうらば)

若君(わかぎみ)は夢かとお思いになる。
<我ながらよく()えた>
しみじみと雲居(くもい)(かり)のお顔をお見つめになると、姫君(ひめぎみ)はこれ以上ないほど恥ずかしそうにしていらっしゃる。

「私があなたを一途(いちず)に思いつづけていたから、内大臣(ないだいじん)様もついにお許しくださったのです。どうしてもっとうれしそうにしてくれないのですか」
姫君はお返事なさらない。
「お許しくださったあと、内大臣様のご次男が『妹が盗み出されてしまう』なんておっしゃったのですよ。まったく人聞きの悪い。それにしてはたやすくここまで入ってこられたけれど」

「世間にあなたとの(うわさ)が立ってからもう五年でしょうか、(はり)(むしろ)にいるような苦しい日々でした。私とのことをたやすく世間にお話しになったあなたのせいで、ずいぶん悩んだのですよ」
子どものようにふくれておっしゃるので、若君は少しお笑いになる。
「私は誰にも話していませんよ。内大臣様があからさまに私たちを引き離されたから、世間がたやすく(かん)()いたのでしょう」

立ち上がって、ご寝室の方へ姫君の手を引かれる。
「長い間苦労したような気がするけれど、こんなに酔ってしまっていてはもう何も思い出せない」
お互いの苦労を語り合うのは、今夜でなくてもよいわよね。

夜が明けそうになっても若君は()()らぬ顔でご寝室にいらっしゃる。
女房(にょうぼう)たちはお声をかけようにもかけづらい。
お屋敷から出ていかれる気配(けはい)がないので、内大臣様は、
<さっそく婿(むこ)気取(きど)りで朝寝坊をしていらっしゃるのだ>
小憎(こにく)たらしくお思いになる。
それでもすっかり夜が明ける前にはお帰りになった。
寝不足のお顔もお美しかったわ。