野いちご源氏物語 三三 藤裏葉(ふじのうらば)

月は出たけれど花の色ははっきりとは見えない。
それでも花見酒や音楽会をお楽しみになる。
内大臣(ないだいじん)様は酔ったふりで若君(わかぎみ)(から)まれる。
「あなたは今の時代にはもったいないほどの賢人(けんじん)でいらっしゃるのに、年老いた私を粗末(そまつ)になさるからつらい。中国の書物(しょもつ)で、『妻の父にも自分の父と同じように孝行(こうこう)せよ』ということをお勉強なさったはずでしょう。それなのに私を苦しめなさるから、私はあなたが(うら)めしくて、恨めしくて」
姫君(ひめぎみ)とのご結婚を許そうと、泣きながらほのめかされる。

「どうして伯父君(おじぎみ)を粗末になどいたしましょう。亡き母君(ははぎみ)祖母君(そぼぎみ)の代わりと思って、力の限りお仕えするつもりでおりますのに。もし何か失礼がありましたら、それは私が(いた)らないためでございます。けっして伯父君を粗末に思ってのことではありません」
若君は内大臣様が無理やりお(すす)めになるお酒をさりげなく断りながら、慎重(しんちょう)にお返事なさる。

「あなたが真剣に思ってくれているなら、こちらもあなたを頼りにいたしますよ」
ご長男が内大臣様のお考えを(さっ)して、(ふじ)の花を一房(ひとふさ)折ると若君におあげになる。
若君は受け取ったけれどどうお返事したものか迷っておられる。

「亡き大宮(おおみや)様が結んでくださった(えん)だと思って、あなたを婿(むこ)にいたしましょう。ずいぶん待たされてしまったけれど」
「悲しい春を何度も過ごしてまいりましたが、やっと姫君をお許しくださるのですね」
お心を震わせながらお礼をおっしゃる。
「あなたに会えば妹はますます美しくなりましょう」
ご長男も若君と妹君(いもうとぎみ)のご結婚をおよろこびになった。