野いちご源氏物語 三三 藤裏葉(ふじのうらば)

若君(わかぎみ)はお部屋で念入りに身支度(みじたく)すると、内大臣(ないだいじん)様がずいぶんやきもきなさったころにご到着なさった。
ご子息たちがお迎えして、内大臣様は若君のお席を整えるよう女房(にょうぼう)にお命じになる。
大切なお客様として(あつか)われていらっしゃるの。

正妻(せいさい)や若い女房(にょうぼう)たちにおっしゃる。
「少し(のぞ)いてごらんなさい。たいそうご立派におなりになったよ。落ち着いたご態度で風格(ふうかく)がおありだ。(すじ)が通った尊敬すべき人物という点では、父君(ちちぎみ)源氏(げんじ)(きみ)よりも(まさ)っておられるだろうね。
源氏の君はとにかく周囲から愛される人で、拝見しているだけでも幸せな気分になるような方だけれど、政治を行う貴族としては厳格(げんかく)さが不足しておられることもあった。皇子(みこ)としてお育ちになった方だから、仕方のないことではあるが。
一方、若君は学問もよくできて、ご性格も男らしい。頼もしい政治家になるだろうと世間でも言われている」

若君にお会いになると、少しだけ真面目なお話をなさったあと、花のお話をなさる。
「春の花はどれも咲きはじめるとほれぼれしますが、こちらのことなどお構いなくあっという間に散ってしまうのが(うら)めしいものです。そういうころに藤の花はひとり遅れて咲きますから、(こころ)(にく)くてよいものだと感じます。色もまた懐かしくて、亡き大宮(おおみや)様を思い出されませんか」
すっきりしたご表情で微笑(ほほえ)まれる内大臣様はたいそうお美しい。
源氏の君への対抗(たいこう)(しん)や、姫君(ひめぎみ)のご結婚への野心(やしん)を取り払えば、この方はもともと最高に優雅な貴族でいらっしゃる。