野いちご源氏物語 三三 藤裏葉(ふじのうらば)

夕方になってご参列の方々がお帰りになる。
桜はすっかり散り乱れて、(かすみ)であたりがぼんやりとしている。
内大臣(ないだいじん)様は大宮(おおみや)様がまだお元気だったころのことなどを思い出して、帰りがたいご様子でいらっしゃる。
若君(わかぎみ)もまた、もの悲しい夕方の景色に涙ぐんでおられる。

「雨が降りそうだ」
人々は騒いで帰り支度(じたく)を急ぐけれど、若君は動く気になれず()(えん)に座りつづけていらっしゃった。
<今だ>
内大臣様は若君に近づいて、お(そで)を少しお引きになる。
「私のことを(にく)んでおいでのようですね。大宮様に(めん)じて許してくださいませんか。私ももう()(さき)が短くなりましたから、あなたに嫌われてしまうのは悲しい」

若君はかしこまってお返事なさる。
伯父君(おじぎみ)を頼りにするようにと大宮様もご遺言(ゆいごん)なさいましたが、伯父君が姫君(ひめぎみ)のことで私をお許しくださいませんので、ご遠慮申し上げておりました」
強い風とともにざぁっと雨が降りはじめて、皆様があわてて帰っていかれる。
まだ話し足りないようなお顔で内大臣様もお帰りになった。

<どういうお考えで突然おやさしいことをおっしゃったのだろう>
若君はほんの短い会話がいつまでも気になって、一晩中さまざまな想像をなさっている。