野いちご源氏物語 三二 梅枝(うめがえ)

その日の夜になると、明石(あかし)姫君(ひめぎみ)中宮(ちゅうぐう)様の秋の御殿(ごてん)へお入りになった。
深夜からの裳着(もぎ)儀式(ぎしき)にそなえて準備をなさる。
源氏(げんじ)(きみ)(むらさき)(うえ)もご一緒にお越しになって、この機会に紫の上は中宮様とご対面なさった。
中宮様の女房(にょうぼう)と紫の上の女房がずらりと並んでいる。

いよいよ儀式が始まり、中宮様が腰結(こしゆい)役のお役目(やくめ)をなさる。
姫君の()(こし)ひもをお結びになりながら、ほのかな(あか)りで姫君をご覧になると、たいそうおかわいらしい。
近くで見守っている源氏の君がかしこまっておっしゃる。
「私はあなた様の父親代わりをさせていただいておりますから、私の娘のことも身内(みうち)のように思っていただけるだろうと期待いたしまして、恐れ多くもこのようなお役目をお願いしたのでございます。中宮様に(いち)貴族の娘の腰結役をしていただくなど、失礼とは承知しておりますが」

中宮様は少女のような(はかな)いお声でおっしゃる。
「たいして深くも考えずお引き受けしてしまったのです。そのように恐縮(きょうしゅく)なさっては、かえって緊張いたします」
ご立派な養女(ようじょ)の中宮様、かわいらしく成長なさって入内(じゅだい)間近(まぢか)の姫君、美しく最愛の紫の上、源氏の君は理想どおりの女性たちに囲まれて満足なさっている。

そのすばらしい交流に、ひとり足りない方がいらっしゃる。
姫君の生母(せいぼ)である明石(あかし)(きみ)よ。
こっそり呼ぼうかと源氏の君はお思いになったけれど、やはり世間の(うわさ)を気にしておやめになった。

裳着の儀式はさまざまな作法(さほう)があって、源氏の君の姫君の儀式となればさらに大がかりだったのだけれど、少しだけ書いてもつまらないから全部(はぶ)くわね。