野いちご源氏物語 三二 梅枝(うめがえ)

月が出てきたので、お酒を飲みながら昔のお話などをなさる。
朧月(おぼろづき)のぼんやりとした光は風情(ふぜい)があって、雨上がりの風が心地よく吹いていく。
梅の花の香りがあたり一面に(ただよ)う夢のような夜よ。
春の御殿(ごてん)の別のお部屋では、明日の裳着(もぎ)儀式(ぎしき)のあとの音楽会のために、楽器の準備をしているらしい。
貴族たちがたくさん来て予行(よこう)演習(えんしゅう)が行われている。

内大臣(ないだいじん)様のご子息(しそく)たちも少しお顔を出していらっしゃったから、そのおふたりと若君(わかぎみ)源氏(げんじ)(きみ)はお呼びになった。
こちらでも楽器を取りだして、(みや)様は琵琶(びわ)、源氏の君は(そう)、内大臣様のご長男は和琴(わごん)、若君は(ふえ)をそれぞれ演奏なさる。
内大臣様は和琴の名人だから、そのご長男も華やかにお弾きになる。
若君の横笛(よこぶえ)は、雲の上まで響きわたるようなすばらしい音色だったわ。
内大臣様のもうおひとりのご子息はお声の美しい方で、拍子(ひょうし)をとりながらお歌いになる。
宮様と源氏の君もお歌いになって、突然の合奏だったけれど充実した音楽会になった。

お酒の(さかずき)を源氏の君にお渡しになりながら宮様がおっしゃる。
(うぐいす)の声が聞こえるような気がいたします。すばらしい梅のお庭をずっと眺めていられたらよいのに」
源氏の君がお答えになる。
「梅の花の香りがお着物にしみこむまで、どうぞごゆっくりお過ごしください」
つづいてお(さかずき)を受け取られた内大臣様のご長男は、
(うぐいす)のねぐらの枝が震えるほど笛の()を響かせてお吹きください」
と若君にお(さかずき)を回しておっしゃる。
若君は、
「風だって花に気を(つか)って避けて吹きますのに、私が笛の音をぶつけることなどできませんよ」
とお答えになったから、皆様でお笑いになった。
最後にもうおひとりのご子息にお(さかずき)が回って、おっしゃる。
(かすみ)が月と花の間を邪魔しなければ、ねぐらにいる(うぐいす)も明け方になったと勘違いしてさえずりましょう」

ちょうどそのとおり明け方になって、皆様お帰りになる。
宮様への贈り物として、源氏の君はご自分用に作らせておかれたお着物と、新しい薫物(たきもの)をおあげになった。
宮様は乗り物のなかから、贈り物を届けた源氏の君の家来にお礼をお言伝(ことづて)なさる。
「見事なお着物と薫物ですね。これを着て帰ったら、恋人の家から朝帰りしたのかと妻に叱られてしまいそうです」
「情けないことをおっしゃる」
と源氏の君はお笑いになって、お返事を届けさせなさった。
「奥様はおよろこびになりますよ。おめでたいことがあったのだろうとお思いになるでしょう」
お返事を見て、宮様は<私の冗談に(わる)()りをなさる>と苦笑いなさった。
宮様は求婚しておられた玉葛(たまかずら)姫君(ひめぎみ)右大将(うだいしょう)様に(うば)われ、独身のままでいらっしゃるのだもの。
内大臣様のご子息たちにも、源氏の君はおおげさにならない程度にご褒美(ほうび)をお持たせになった。