野いちご源氏物語 三二 梅枝(うめがえ)

せっかく兵部卿(ひょうぶきょう)(みや)様がお越しだから、六条(ろくじょう)(いん)女君(おんなぎみ)たちのところから薫物(たきもの)をお集めになる。
「雨の夕暮れ時は薫物を試すのにちょうどよいから」
とおっしゃると、それぞれ美しく整えてお届けになった。
「勝ち負けをお決めください。宮様は適任(てきにん)でいらっしゃる」
薫物を()くお道具などのご用意をお命じになる。
「いえ、私などでは」
宮様はご謙遜(けんそん)なさるけれど、さすがは趣味のよい風流(ふうりゅう)(じん)でいらっしゃるから、しっかり判定(はんてい)なさるの。
とはいえどれもすばらしい調合(ちょうごう)よ。
「ほんのわずかに香りが(とが)っている」とか「あの原料が少しだけ弱い」とか、その程度で勝ち負けを無理やりお決めになる。

源氏の君の調合なさった薫物は最適な保管場所に置いてあった。
おごそかに取りださせてお焚きになると、
「これは難しい審判(しんぱん)役になってしまったな」
と宮様はお悩みになる。
薫物の名前が同じならどれも似たような香りになると思いきや、調合なさった方のお人柄(ひとがら)が出ていておもしろい。
黒坊(くろぼう)」と「侍従(じじゅう)」はいくつかあったけれど、黒坊(くろぼう)のなかでは朝顔(あさがお)姫君(ひめぎみ)がお作りになった薫物が、(こころ)(にく)いしっとりとした香りで格別だった。
侍従(じじゅう)のなかでは源氏の君のものがとくに上品でやさしい。
宮様は微妙な違いを感じ分けて一番を決めていかれる。

(むらさき)(うえ)は張り切って三種類をお作りになったけれど、宮様は「梅花(ばいか)」の香りをおほめになる。
「ふつうの梅花(ばいか)とは少し違う、めずらしい工夫がしてありますね。華やかで現代的です。この季節の風に香らせるならこれが一番でしょう」
夏の御殿(ごてん)花散里(はなちるさと)(きみ)は遠慮がちなご性格だから、「荷葉(かよう)」という夏向きの薫物だけをお出しになった。
「これまでとはがらりと変わって、落ち着いた懐かしい香りです」
宮様はこれもおほめになる。

冬の御殿の明石(あかし)(きみ)は、季節外れの冬向きの薫物を出すのも不利だと思われて、お着物に焚きしめるための「薫衣(くのえ)(こう)」をお作りになった。
昔の(みかど)由緒(ゆいしょ)正しい調合を、有名な調合の名人がさらによい香りに発展させたものを再現なさる。
「めずらしいほど優美(ゆうび)薫衣(くのえ)(こう)です」
と、結局どなたの薫物もおほめになってしまったので、
八方(はっぽう)美人(びじん)の審判役でいらっしゃる」
と源氏の君はお笑いになる。