雨が少し降ってお庭の紅梅(こうばい)がみごとな花盛りのころ、兵部卿(ひょうぶきょう)(みや)様がお越しになった。
「いよいよ明日は裳着(もぎ)儀式(ぎしき)でございますね」
とお見舞いをおっしゃる。
昔からとくに仲のよい弟宮(おとうとみや)でいらっしゃるので、入内(じゅだい)のことなどをいろいろとご相談なさる。
そこへ朝顔(あさがお)姫君(ひめぎみ)からお手紙と薫物(たきもの)が届いたの。

お手紙には散りきる少し前の白梅(はくばい)の枝が()えられている。
宮様は源氏(げんじ)(きみ)が朝顔の姫君に求婚なさっていたことをご存じなので、
「あちらからお手紙とはどのようなご用件ですか」
と気にしておられる。
「図々しいお願いをいたしましたら、律儀(りちぎ)な方でいらっしゃいますから急いでご用意くださったのです」
微笑(ほほえ)みながらお手紙の方は隠してしまわれた。

薫物は格調(かくちょう)高い箱に透明の(うつわ)をふたつ置いて、そのなかに大きく丸めて入れられている。
松葉(まつば)と白梅が飾られて、女性らしくて優しい雰囲気よ。
優美(ゆうび)な贈り物ですね」
風流(ふうりゅう)(じん)でいらっしゃる宮様は目をお()めになった。

(さか)りを過ぎた私のようなこの枝に花の香りは残っておりませんが、薫物ならば姫君のお(そで)によい香りがしみこむと存じます」
ほのかに書かれているのをご覧になって、宮様はよいお声でお読みになる。
贈り物を届けたお使者は若君(わかぎみ)が接待して、紅梅色の着物をご褒美(ほうび)にお与えになった。
源氏の君はお返事も紅梅色の紙に書いて、さらに紅梅の枝をお添えになる。

「内容の気になるお手紙ですね。何をお隠しになっているのだろう、お見せくださらないなんて」
「たいした内容ではありません。内緒にしていると思われては心苦しい」
宮様はお(うら)みになるけれど、さりげなくおかわしになる。
どうやら、
「私はいただいた白梅の方が気になります。人目(ひとめ)を気にしてあからさまに近くへは参れませんが」
というようなお返事だったみたい。

「薫物合わせなど(おや)馬鹿(ばか)だと思われても仕方ありませんけれど、一人娘ですからこのくらいのことはしてやりたいと思いましてね。裳着の腰結(こしゆい)役は中宮(ちゅうぐう)様にお願いしてあるのです。恐れ多いことですが、たいした器量(きりょう)の娘ではありませんから、よその人にお目にかけるのもためらわれまして。そのために(さと)()がりをお願いしてしまえるほど親しくさせていただいておりますが、ご立派な方ですから、そこそこの儀式では申し訳ないような気がするのです」
「中宮様のご幸運を思えば、姫君にとって最高の腰結役でいらっしゃいます」
宮様はおっとりとうなずいておっしゃった。