野いちご源氏物語 三二 梅枝(うめがえ)

源氏(げんじ)(きみ)若君(わかぎみ)がいつまでも独身でいらっしゃることをご心配なさっている。
内大臣(ないだいじん)姫君(ひめぎみ)のことを(あきら)めたのなら、中務(なかつかさ)(みや)様などから縁談(えんだん)が来ている。どなたかに決めておしまいなさい」
若君はお返事もせずにかしこまっていらっしゃるだけなの。

「こういう女性関係の話は、私だって父帝(ちちみかど)のお教えに従う気にはなれなかったからね、そなたにえらそうなことを言えた義理ではないけれど、今ふり返ればあのお教えは真実だった。
あまり長く独身でいれば、世間は『高い理想があるのだろう』と思う。『さぞかし立派な姫君とご結婚なさるのだろう』と見ていれば、何のことはない、運命に流されてたいしたことのない相手と結婚してしまうものだ。
たとえば『内親王(ないしんのう)様と結婚したい』と思っていたとしても、必ずしも願いが(かな)うものではない。運命はもちろんだが、身分上どうしても結婚を許されないこともある。そなたが何を望んでいるのかは知らないが、あまり無理なことは考えない方がよい。

私は皇子(みこ)として生まれて貴族になったが、何かと世間から注目されていたから、自由気ままに振舞うことはできなかった。それでも女性関係で世間から悪く言われることがあったのだ。そなたは自分のことを注目されるような身分ではないと思っているかもしれないが、それに甘えて好き勝手してはいけない。現実に引き戻してくれる妻子(さいし)のいない男が調子に乗ると、昔の賢人(けんじん)でさえとんでもない女性問題を起こしたものだ。そんなことをしていては女性に傷をつけることになるし、自分も女性やその親から(うら)みを買う。一生の(つみ)だよ。

結婚した相手がもし思いどおりの人でなかったとしても、なるべく納得するようにしなさい。どうしても納得できないなら、相手の親の気持ちを考えておあげなさい。婿(むこ)として大切に世話してくれているなら、妻を粗末(そまつ)(あつか)うことなどできなくなるはずだ。親がすでに亡くなっていて、とくに世話になどなっていないけれどという場合は、本人の人柄(ひとがら)のよいところを探して、そこだけを見て世話をしておあげなさい。
そうやっておだやかに結婚生活を送ることが、結局は自分のためにも相手のためにもなるのだから」

お暇なときには、こんなふうに結婚の心構えについてお話しになる。