野いちご源氏物語 三一 真木柱(まきばしら)

右大将(うだいしょう)様がいらっしゃっていない昼間、源氏(げんじ)(きみ)玉葛(たまかずら)姫君(ひめぎみ)のお部屋へお越しになった。
ずっとご気分が悪くて寝ておられたけれど、起き上がってついたてに隠れるようにお座りになった。
もう尚侍(ないしのかみ)でいらっしゃるから、源氏の君も少しかしこまった態度をおとりになる。
無風流(むふうりゅう)右大将(うだいしょう)様を見慣れてしまわれた尚侍様には、源氏の君の美しく優雅なご気配(けはい)がなつかしい。
思いがけないご結婚をしたご自分が恥ずかしくて涙をこぼされる。

源氏の君は少し姿勢を崩して、ひじ置きに寄りかかりながらしみじみとお話しなさる。
ついたての向こうを(のぞ)いてごらんになると、尚侍様はお顔が少しおやせになっているの。
それがまたお美しくて、ますますおかわいらしい。
<他の男と結婚させてしまうなんて(おろ)かだった>
と後悔なさる。
「亡くなったあとに渡るという三途(さんず)の川を、あなたは右大将に背負われてお渡りになるのですね。深い関係でもなかった私があれこれ言えることではありませんが、意外なことになってしまいました」

尚侍様はお顔を隠しておっしゃる。
「あの人に背負われるくらいなら、いっそ三途(さんず)の川に(しず)んで消えてしまいたいと思います」
「そんなところで消えてしまってはいけませんよ。子どものようなことをおっしゃる。なんとしてでも極楽(ごくらく)浄土(じょうど)へ行っていただきたいが、三途(さんず)の川を通らずには行けないそうですからね。私がお手だけでも引いてさしあげられたらよいのだけれど」
静かに微笑(ほほえ)んでお続けになる。
「思い知りなさったのではありませんか。私の馬鹿正直さも、安心できる男であったことも、世にもめずらしいことだったのですよ。さすがにもうお分かりになっただろうと胸を張っております」

尚侍様が本当におつらそうなので、お気の毒になって真面目なお話に戻られる。
(みや)(づか)えの件ですが、恐れ多くも(みかど)がお待ちになっていますから、少しだけでも内裏(だいり)にお上がりなされませ。右大将がこれ以上あなたに熱中してしまったら、内裏で働くことなどできなくなるでしょう。このご結婚は私の希望とは違ったけれど、本当の父君(ちちぎみ)である内大臣(ないだいじん)は満足なさっているようですからね。その点では安心です」

源氏の君のおやさしさがうれしくも恥ずかしくもあって、尚侍様はただただ泣いていらっしゃる。
それをご覧になると、源氏の君も無理なことはおっしゃれない。
内裏で働くときのお心構えなどをお教えになる。
右大将様がお屋敷へお引き取りになることなど、まったくお許しになるおつもりはない。