野いちご源氏物語 三一 真木柱(まきばしら)

日が暮れて雪が降りそうな(そら)模様(もよう)になってきた。
正妻(せいさい)は余計に心細くなってしまわれる。
「天候が荒れそうですので、お早く」
お迎えに()かされて、涙をお(ぬぐ)いになる。

姫君(ひめぎみ)右大将(うだいしょう)様にとてもかわいがられていらっしゃった。
<せめて父君(ちちぎみ)一目(ひとめ)お会いしてからお別れしたい。ご挨拶(あいさつ)もしないままお別れするのは嫌だ。もう一生お会いできないかもしれないのに>
うつ伏してしまって動こうとなさらない。
「そんなふうにしていては私がつらい」
母君(ははぎみ)はなだめようとなさるけれど、
<今にお帰りになるかもしれないもの。あと少しだけお待ちしよう>
とお思いになっている。
でもね、こんな日が暮れていくころにお帰りになるはずがないの。

姫君がいつも寄りかかって気に入っていらっしゃった柱がある。
ご自分たちが出ていったら、その柱は誰のものになるのだろうと悲しくおなりになる。
「私はいなくなりますが、大好きな父君も真木(まき)(ばしら)も、私のことを忘れないで」
柱の色に似た色の紙にお書きになって、柱の少しひび割れたところに差しこんでおかれた。
「また悲しいことを言って。たとえ父君や柱があなたのことを愛しく思ってくれたとしても、私たちはもうここにいるわけにはいかないのですよ」
悟りきったご様子で母君はおっしゃる。

このお気の毒な姫君のことは、これから「真木(まき)(ばしら)姫君(ひめぎみ)」とお呼びいたしましょう。