野いちご源氏物語 三一 真木柱(まきばしら)

式部卿(しきぶきょう)(みや)様は、ご長女であるこのご正妻(せいさい)宮邸(みやてい)に引き取ろうとなさる。
ご正妻が正気(しょうき)に戻って悲しい夫婦仲を(なげ)いていらっしゃるとき、突然お迎えがやって来たの。
「もう右大将(うだいしょう)は別居を隠そうともしていない。そなたが(かたく)なにそちらの家にいては世間に笑われる。私が生きている限りは、冷たい夫に屈服(くっぷく)している必要はない」
父宮(ちちみや)からのご伝言をお聞きになると、ご正妻は決心なさった。
<夫の心が完全に離れてしまうのを見届けてから(あきら)めるというでは、さらに笑われるだろうから>

女房(にょうぼう)たちもいつかはこうなるだろうと思っていたけれど、ご正妻にこのお屋敷でお仕えするのは今日が最後と思うと涙がこぼれる。
「ご実家の宮邸にたくさんはお付きしていけませんから、一部の女房は(さと)()がりして、落ち着いたころにまたお仕えにあがりましょう」
そう決めあうと、個人的な荷物を(さと)に運んで()()りになっていく。

ご正妻の家具などは宮邸へ運び出す準備をする。
お仕えしている人たちは誰もかれも泣き騒ぐから、不吉(ふきつ)なほどだったわ。
十歳と八歳の男のお子たちは、何も分からずに遊んでいらっしゃる。
十二、三歳の姫君は事情を(さっ)しておつらそうになさっている。

ご正妻が三人のお子をお呼びになっておっしゃる。
「私はもう人生に絶望(ぜつぼう)しましたから、思い残すことはありません。父宮の(おお)せのとおりにどこへでも参ろうと思います。ただ、あなたたちはまだ先が長いですから、()りどころなく生きていくことになって気の毒です。姫君は、どれほど(ひと)()みにしてあげられるか分かりませんが私と一緒にいらっしゃい。

男の子たちは一旦(いったん)宮邸に引っ越して、ときどきこちらの家にお通いなさい。父君(ちちぎみ)の今のご様子を見る限り、この家にあなたたちの居場所があるようにも思えませんけれど。少なくとも父宮がご存命(ぞんめい)の間は、一応貴族社会に混ぜていただけるでしょう。しかし出世は難しいと覚悟しておおきなさい。何事(なにごと)源氏(げんじ)(きみ)内大臣(ないだいじん)様の思いどおりになる世の中で、父宮はそのおふたりに(にら)まれておいでのようですから。かといってあなたたちが出家(しゅっけ)などをしたら、私は死んでも死にきれません。それだけはやめておくれ」

お泣きになっている母君の深いお苦しみまでは理解できないものの、お子たちも悲しくなってお泣きになる。
乳母(めのと)たちに今後のことをご相談なさるけれど、結局は夫君(おっとぎみ)愚痴(ぐち)になっていく。
「物語に登場する愛情深い父親も、権力者のご機嫌をとったり後妻(ごさい)に遠慮したりして、自分の子を(ざつ)(あつか)うようになるものです。ましてあの人は今だって子どもに愛情がない。この先、あの子たちのために何かしてくれるということはないでしょう」