野いちご源氏物語 三一 真木柱(まきばしら)

その日は日が暮れるとすぐに出発しようとなさる。
昨夜のお着物は、灰だけでなく炭も一緒に()びせかけられたせいで、()げて穴が開いている。
下に重ねたお着物まで焦げくさくなってしまったから、すべて脱いでお体をお洗いになった。
それから他のお着物をお召しになるけれど、ご病気のご正妻(せいさい)にお着物の管理や製作のご指示は難しくて、ちょうどよいものがそろっていないの。
不格好(ぶかっこう)になってしまったことに文句をおっしゃっている。

女房(にょうぼう)がお着物にお(こう)()きしめながら申し上げる。
「見捨てられる奥様はお胸が焦げるほどお苦しみでございます。昨夜はその(ほのお)がお着物に飛び移ったのでしょうね」
この人は右大将(うだいしょう)様のお手がついているけれど、ご正妻に同情している。
<どうしてこの程度の女に手をつけたのだろう>
美しい玉葛(たまかずら)尚侍(ないしのかみ)様を手に入れたあとでは、そんなふうにお思いになるのだから情けない方でいらっしゃる。

後悔(こうかい)することはいくらでもあるが、いずれにせよ、こんなひどい話を源氏(げんじ)(きみ)式部卿(しきぶきょう)(みや)様がお聞きになったら、私はどちらからも()()されてしまうだろうよ」
ため息をおつきになりながらご出発なさった。
たった一晩お会いになれなかっただけで、女君(おんなぎみ)はますます魅力的になっているような気がなさる。
ご正妻のことなどどうでもよくなってしまわれて、しばらく六条(ろくじょう)(いん)でお暮らしになる。