野いちご源氏物語 三一 真木柱(まきばしら)

外から家来(けらい)がそっと声をおかけする。
「雪が少し弱まりました。夜が()けてしまいますので」
正妻(せいさい)にも聞こえるからはっきりと()かすことはしないけれど、今のうちに出発したいみたい。
お手つきの女房(にょうぼう)たちがご正妻に同情している一方で、ご正妻はお心をしずめて、ひっそりと物に寄りかかっていらっしゃる。

と思ったら、突然起き上がって、お(こう)()くお道具をおつかみになった。
右大将(うだいしょう)様の背後(はいご)から、なかに入っている灰を()びせかけなさる。
信じられない行動に右大将様は呆然(ぼうぜん)としてしまわれる。
細かな灰が目や鼻に入る。
はっとしてお手で(はら)われたけれど、あたりにもくもくと()(のぼ)っているから、急いでお着物をお脱ぎになる。

正気(しょうき)でなさったはずがない。妖怪(ようかい)がご正妻を嫌われ者にするために()()けたことだ>
女房たちはご同情する。
右大将様はお着替えをなさったけれど、灰はお(ぐし)のあたりまで舞い上がったから、あのご立派な六条(ろくじょう)(いん)にはとてもお行きになれない。
発作(ほっさ)とはいえ、こんなひどいことをされるのは初めてだ。ほとほと愛想(あいそ)()きた。しかし(こと)(あら)()てたら、源氏(げんじ)(きみ)式部卿(しきぶきょう)(みや)様も私をお責めになるだろう>
右大将様は冷静にお考えになって、深夜にもかかわらず僧侶(そうりょ)をお呼びになるとお祈りをおさせになった。
妖怪を払うお祈りの最中(さいちゅう)も、ご正妻は大声でののしり(さけ)んでいらっしゃる。
右大将様がご正妻をお嫌いになるのも仕方がないかもしれない。