野いちご源氏物語 三一 真木柱(まきばしら)

日が暮れると右大将(うだいしょう)様はそわそわなさる。
どうやって尚侍(ないしのかみ)様のところに出かけようかと考えていらっしゃると、雪が降ってきた。
<こんな夜にわざわざ出かけるのも人目(ひとめ)が気になる。いっそこの人が(にく)たらしく(うら)んでくれれば、私も腹を立てて堂々と出ていけるのに。こんなふうにおっとりと寂しそうにされては、心苦しくて出かけにくい>
どうしたものかと縁側(えんがわ)から外を(なが)めていらっしゃる。

正妻(せいさい)は落ち着いておっしゃる。
「あいにくの雪ですね。道中(どうちゅう)は大変でございましょうが、さぁ、夜が()ける前に」
「いや、こんな雪では出かけられそうにありません」
とりあえずそうおっしゃって、すぐに言い訳をなさる。
「今だけ許してください。新婚だというのに訪問が()()えがちになっては、源氏(げんじ)(きみ)内大臣(ないだいじん)様も失礼な婿(むこ)だとお思いになりますから。お心を落ち着かせてもう少しご覧になっていてください。新しい人をこちらに連れてきてしまえば出かけることもなくなるのです。こんなふうに正気(しょうき)でいらっしゃるときは、他の女に()(うつ)りなどしません。あなたが誰よりも愛しい」

少しほほえんでからご正妻はお返事なさった。
「ここにいてくださっても、他の人のことをお考えになっているのではつろうございます。よそにいらっしゃっても私のことを思い出してくだされば心は(なぐさ)められますから」
右大将様のお着物にお(こう)()きしめるよう女房(にょうぼう)にお命じになる。
ご自分の外見を気になさる余裕はもうおありではないけれど、夫君(おっとぎみ)の外出のご準備は健気(けなげ)にしておあげになるの。

泣きはらしたお目がお気の毒で、
<この人は悪くないのだ>
と右大将様はご覧になる。
この年になってからのご自分の浮気心(うわきごころ)を責める一方で、早く尚侍様に会いたいともお思いになる。
面倒がるふりをしながらお着替えをなさった。
立派に身支度(みじたく)なさったお姿は、源氏の君にはとてもかなわないけれど、力強くて(なみ)の貴族とは思えない。