野いちご源氏物語 二九 行幸(みゆき)

内大臣(ないだいじん)様は近江(おうみ)(きみ)のお望みを人づてにお聞きになって、華やかにお笑いになった。
女御(にょうご)様のお部屋へ行かれたときに、
「近江の君はいますか、こちらへいらっしゃい」
とお呼びになる。
威勢(いせい)のよいお返事をして姫君が出ていらっしゃった。

「よく働いているようですね。これなら女官(にょかん)としても十分やっていけるだろう。尚侍(ないしのかみ)になりたいのなら、どうして早く私に言わなかったのです」
父君(ちちぎみ)にご相談申し上げたかったのですが、女御様からお伝えいただけるだろうと期待していたのでございます。もう尚侍(ないしのかみ)になる人は決まってしまったと聞きましたから、夢でお金持ちになっただけのような気がして、ため息が出ます」
姫君に似合わない、はきはきとした口調(くちょう)でお話しになる。

内大臣様は思わず笑いそうになるのをこらえておっしゃる。
(みょう)なところは奥ゆかしいのですね。私に伝えてくれていたら、誰よりも先に申し込んであげたのに。いくら源氏(げんじ)(きみ)の姫君がご立派な方でも、私が(みかど)に熱心にお願い申し上げれば、きっとお聞き届けくださったはずだ。
今からでも間に合うかもしれません。申込書を書いてごらんなさい。中国語の文章のように、漢字だけで立派に書くのですよ。古めかしい長い和歌(わか)()えるとよいでしょう。帝は風流(ふうりゅう)を好まれる方ですから」
父君とは思えないほど意地悪ね。

「和歌は下手ながらなんとか作れますが、申込書は父君にお書きいただきとう存じます。父君に私のことを立派に書いていただけたら心強うございます」
手を合わせてお願いなさるので、(ひか)えている女房(にょうぼう)たちは笑いをこらえるのが大変で死ぬかと思った。
こらえきれない人たちは、お部屋の外へ出て声を上げて笑う。
女御様もお顔を赤くなさって、内大臣様の悪ふざけをみっともないとお思いになっている。

「いやはや、気分の晴れないときはあなたに会うに限る」
内大臣様はそうお笑いになるけれど、世間は、
「恥ずかしさをそうやってごまかしておられるのだろう」
と見ている。