野いちご源氏物語 二九 行幸(みゆき)

ご自分の姫君(ひめぎみ)だとお知りになってから、内大臣(ないだいじん)様は裳着(もぎ)儀式(ぎしき)の日が待ち遠しくて、当日も早めにお越しになった。
儀式は通常以上に立派に行われた。
源氏(げんじ)(きみ)のお(こころ)(づか)いはありがたいが、どうして私の娘のためにここまでしてくださるのか>
内大臣様は()に落ちないような気がなさる。

いよいよ姫君のお部屋のなかに入って、()(こし)ひもを結ぶお役目(やくめ)をなさる。
ふつうよりは(あか)りを明るくしているけれど、
<もっとはっきり顔が見たい>
とじれったくお思いになる。
でも、二十年ぶりにお会いになったのだもの。
いきなりじろじろとお顔をご覧になるのは遠慮なさる。

「今夜のところは、ただ腰ひもを結ぶだけになさってください。参列者が(あや)しまないように」
源氏の君がそっとお願いなさると、内大臣様はうなずいておっしゃる。
「娘を探し出してお世話してくださったことに深く感謝いたしますが、それと同時に、今まで(だま)っていらっしゃったことが(うら)めしくも思われます」
それから姫君におっしゃる。
「ずいぶんと長く隠れていらっしゃったものですね。ひどいではありませんか。こんなにすっかりご成長なさって」
言いながら我慢できずにお泣きになる。

父君(ちちぎみ)にお返事なさるべきだけれど、姫君はご立派な父君と源氏の君に囲まれて、気が引けてしまわれるの。
代わりに源氏の君がお返事なさった。
「ふらふらと我が家などに(ただよ)いついた人ですから、まさかあなたのお子だとは思わずにお世話していたのです。お恨みになっては困りますよ」
「ええ。ごもっともでございます」
内大臣様はお胸がいっぱいでそれ以上おっしゃれない。
そっとお部屋からお出になった。

親王(しんのう)様や貴族たちがことごとく参列なさっている。
そのなかには玉葛の姫君に求婚している方もたくさんいて、姫君のお部屋から内大臣様がなかなか出ていらっしゃらないことを怪しんでおられる。
内大臣様のご子息(しそく)たちは少し事情をご存じなの。
(あこが)れていた姫君が姉と分かって、つまらないともうれしいとも思っていらっしゃった。

姫君の父親が内大臣様であることを世間に公表するのは、もう少しあとがよいと源氏の君はお考えになっている。
「しばらくはどなたにもご内密(ないみつ)になさってください。世間がすぐに聞きつけて(うわさ)にいたしますからね。とくに私たちのような身分だと、好き勝手にひどく言われてしまうものです。おだやかに、さりげなく、世間が気づかないうちにそちらの姫君になっているのが理想だと思います」
「おっしゃるとおりにいたしましょう。ここまでお世話していただいて、きちんとした姫にしてくださった、これは何かの運命でございましょうね」

内大臣様へのお役目のお礼や、参列者の方たちへのお土産(みやげ)など、これ以上できないほど贅沢(ぜいたく)にお出しになった。
大宮(おおみや)様のご病気のことがあるので、音楽会はなさらない。