明け方近くになると湿った風が吹いて、にわか雨が降りはじめた。
「六条の院では倒れた建物もあるようです」
と家来からお聞きになると、若君は養母の花散里の君をご心配なさる。
<父君のいらっしゃる春の御殿には女房も家来も多いけれど、それに比べると養母君の夏の御殿は人が少ないから、こんなときにはお心細いだろう>
まだ夜が明けきらないうちにお帰りになる。
乗り物のなかに横殴りの冷たい雨が吹きこんでくる。
おどろおどろしい色の空に、ご自分の魂が迷いこんでいきそうな気がなさるの。
紫の上を拝見してしまったせいよ。
<それほど深く私の心に入りこんでしまったのか>
驚かれると同時に、
<いや、人として持ってはいけない感情だ。義理の母ともいえる方に恋など正気ではない>
とご自分をお叱りになる。
六条の院にお着きになると、まず夏の御殿へ向かわれた。
花散里の君はおびえて困りはてていらっしゃる。
優しくお慰めして、家来を呼んで建物の修理をお命じになった。
それから春の御殿へ行かれると、まだ窓も閉めたままになっている。
<お休みになっているのだろうか>
と、若君は濡れ縁に座ってお庭をお眺めになる。
もう雨はやんでいるけれど、霧が濃い。
木の枝は折れ、花は見る影もなく、柵なども倒れたり曲がったりしている。
雲の間から日が少し差しこんで、あちこちに残る露がきらきらと光る。
若君はわけもなく悲しくなって、紛らわせるために咳払いをなさった。
「あれは中将の咳払いだろうか。まだ夜は深いだろうに」
濡れ縁の奥のご寝室から源氏の君のお声が聞こえる。
紫の上が何かおっしゃったのか、お笑いになる声も聞こえた。
「これが有名な暁の別れというものですよ。早朝に恋人が寝室から出ていってしまう悲しみなど、あなたには経験させたことがないけれど」
若君の方へおいでになるようなの。
女君のお返事は聞こえないけれど、冗談を言いあう仲のよいご様子に、若君は勝手に敗北をお感じになる。
「六条の院では倒れた建物もあるようです」
と家来からお聞きになると、若君は養母の花散里の君をご心配なさる。
<父君のいらっしゃる春の御殿には女房も家来も多いけれど、それに比べると養母君の夏の御殿は人が少ないから、こんなときにはお心細いだろう>
まだ夜が明けきらないうちにお帰りになる。
乗り物のなかに横殴りの冷たい雨が吹きこんでくる。
おどろおどろしい色の空に、ご自分の魂が迷いこんでいきそうな気がなさるの。
紫の上を拝見してしまったせいよ。
<それほど深く私の心に入りこんでしまったのか>
驚かれると同時に、
<いや、人として持ってはいけない感情だ。義理の母ともいえる方に恋など正気ではない>
とご自分をお叱りになる。
六条の院にお着きになると、まず夏の御殿へ向かわれた。
花散里の君はおびえて困りはてていらっしゃる。
優しくお慰めして、家来を呼んで建物の修理をお命じになった。
それから春の御殿へ行かれると、まだ窓も閉めたままになっている。
<お休みになっているのだろうか>
と、若君は濡れ縁に座ってお庭をお眺めになる。
もう雨はやんでいるけれど、霧が濃い。
木の枝は折れ、花は見る影もなく、柵なども倒れたり曲がったりしている。
雲の間から日が少し差しこんで、あちこちに残る露がきらきらと光る。
若君はわけもなく悲しくなって、紛らわせるために咳払いをなさった。
「あれは中将の咳払いだろうか。まだ夜は深いだろうに」
濡れ縁の奥のご寝室から源氏の君のお声が聞こえる。
紫の上が何かおっしゃったのか、お笑いになる声も聞こえた。
「これが有名な暁の別れというものですよ。早朝に恋人が寝室から出ていってしまう悲しみなど、あなたには経験させたことがないけれど」
若君の方へおいでになるようなの。
女君のお返事は聞こえないけれど、冗談を言いあう仲のよいご様子に、若君は勝手に敗北をお感じになる。



