野いちご源氏物語 二八 野分(のわき)

大宮(おおみや)様のお屋敷までの道中(どうちゅう)も、若君(わかぎみ)の乗り物に風が吹きつける。
若君は真面目な方だから、父君(ちちぎみ)と、祖母君(そぼぎみ)である大宮様に毎日ご挨拶(あいさつ)を欠かさないの。
いつも六条(ろくじょう)(いん)の春の御殿(ごてん)で父君にご挨拶なさると、大宮様のお屋敷に寄ってから内裏(だいり)出勤(しゅっきん)なさる。
どれほどお仕事がお忙しくてもこの日課(にっか)はお変えにならない。
こんな暴風(ぼうふう)の日でも同じことをなさるのだから、本当に義理(ぎり)(がた)い方でいらっしゃるわ。

若君がお戻りになって、大宮様はうれしく頼もしくお思いになった。
「この年になって、まだこのような恐ろしい台風に()うとは」
ただただおびえて震えていらっしゃるの。
お庭の大木(たいぼく)の枝が折れる音が聞こえる。
お屋敷の屋根(やね)(がわら)さえ飛んでしまいそうな風よ。
「こんな日にあなたがいてくださってよかった」
と若君にすがりつくようにしておっしゃる。

大宮様の亡き夫君(おっとぎみ)太政(だいじょう)大臣(だいじん)にまでおなりになった方で、ご夫婦でたいへんな勢力(せいりょく)がおありだった。
もちろん今も世間からは尊重(そんちょう)されつづけていらっしゃるし、内大臣(ないだいじん)様というご立派なご子息(しそく)もいらっしゃる。
でも、大宮様と内大臣様との仲は今ひとつのようで、この若君だけを頼りにしておられるの。
はかない世の中よね。