「あぁ嫌だ、なんというひどい風だろう。窓を閉めなさい。近くにいる家来たちから部屋のなかが見えてしまう」
源氏(げんじ)(きみ)のお声が聞こえて、若君(わかぎみ)はまた(のぞ)()をなさる。
源氏の君は(むらさき)(うえ)に何かお話しかけになって、微笑(ほほえ)んでおられる。
若君の父君(ちちぎみ)とは思えないほど若くお美しい。
(おとこ)(ざか)りでいらっしゃる。
女君も大人びてお美しい。

いつまでも拝見していたいおふたりのご様子だけれど、そろそろ誰かに気づかれてしまいそう。
若君は、たった今いらっしゃったふりで(せき)(ばら)いをなさった。
そのまま()(えん)の方に歩いていかれる。
源氏の君は苦々しくお思いになる。
<気まずそうな咳払いだった。何かを見てしまったのかもしれない。あぁ、あの戸が開いているではないか>
やっとお気づきになったの。

若君は気まずさのなかにもよろこびがおありになる。
<長年こんな機会はまったくなかったのに、風の力とは偉大(いだい)だな。父君の紫の上も普段ならこのような失態(しったい)はなさらないだろうに、台風の力を借りてよいものを拝見できた>