春の御殿(ごてん)では、台風の風に(はぎ)が激しく吹かれている。
枝が気の毒なほどしなっているのを、(むらさき)(うえ)縁側(えんがわ)まで出てご覧になっていた。
源氏(げんじ)(きみ)明石(あかし)姫君(ひめぎみ)のお見舞いに行かれて、近くにはいらっしゃらない。
そこへ若君(わかぎみ)がお越しになったの。

渡り廊下から縁側の方をご覧になると、女房(にょうぼう)たちがたくさんいる。
どんどん風が強くなってくるから、あわててお部屋の片づけなどをしているみたい。
縁側にはいつもはついたてが置いてあるけれど、今日はそれも片づけてあって、奥の方まで見通せてしまう。
あわただしく立ち働く女房たちのなかに、ひとりの女性が座っていらっしゃった。

()(だか)(きよ)らかで、さぁっとよい香りが(ただよ)うような。
春の早朝の(かすみ)の間から見える、咲き乱れた桜のような。
若君は、ご自分のお顔にまでお美しさの輝きが飛んでくる気がして、茫然(ぼうぜん)としてしまわれた。
紫の上はそれほど世にもめずらしい美人でいらっしゃる。

(すだれ)が風で吹き上げられた。
女房たちがあわてて押さえる。
それをご覧になって、女君(おんなぎみ)微笑(ほほえ)まれる。
<お美しい>
お庭の花が心配で、女君はお部屋のなかへお戻りにならない。
女房たちもそれぞれ美しいけれど、比べられはしない。

父君(ちちぎみ)が私を紫の上から遠ざけていらっしゃったのは、こういう万が一を心配なさってのことだったのか。たしかに一目(ひとめ)拝見したら忘れられないお美しさだ>
恐ろしくなって立ち去ろうとなさったとき、お部屋の奥で戸が開いた。
源氏の君が姫君のお部屋からお戻りになったようなの。