野いちご源氏物語 二八 野分(のわき)

ご立派な女君(おんなぎみ)たちのところをぐるりと回って、若君(わかぎみ)は疲れてしまわれた。
<私は私で書きたい見舞いの手紙などもあったのだが、すっかり日も高くなってしまった>
そう思いながらも、春の御殿(ごてん)明石(あかし)姫君(ひめぎみ)のお部屋へお見舞いに行かれる。
源氏の君は(むらさき)(うえ)のところに行ってしまわれたみたい。

姫君の乳母(めのと)が申し訳なさそうに出てきた。
「せっかくお越しいただきましたが、姫君はまだ紫の上のお部屋でお休みになっておられます。なにしろ一晩中風を怖がっていらっしゃいましたので、朝になってもお起きになれませんで」
「ひどい風でしたからね。おそばについていてさしあげたかったけれど、祖母君(そぼぎみ)大宮(おおみや)様がたいそうお心細そうだったので、そちらに上がっていたのです。こちらのことも心配していたのですよ。姫君のお人形の御殿はご無事ですか」

若君のご冗談に女房(にょうぼう)たちは笑って、
(おうぎ)の風にさえ姫君は大騒ぎなさるのに、とんでもない台風でございましたもの。お守りするのに苦労いたしました」
とお答えする。

「ところで、ちょっとした紙をいただけませんか。それと普段使い用の(すずり)も」
若君のお願いに、女房は姫君の紙と硯をお出しした。
「いえ、このような立派なものでなくとも」
と思わず恐縮(きょうしゅく)なさってから、苦笑なさる。
<母親の身分を考えれば、私が恐縮するほどの妹姫(いもうとひめ)ではないか>

紫色の薄い紙を前に、(すみ)を丁寧にすって、時折(ときおり)筆先を(なが)めながらじっくり文章を()っていらっしゃる。
雲居(くもい)(かり)()てのお手紙よ。
そのご様子はすばらしくお美しいのだけれど、お書きになったお手紙は無難(ぶなん)すぎてつまらない。
「強い風でしたのでご心配しております。どれほど風がひどくても、私はあなたのことが忘れられなくて」
吹き散らされたすすきのような草をお手紙にお添えになる。

「昔の恋物語の主人公は、紙の色と植物の色をそろえたものでございますけれど」
女房がお教えすると、若君は素直におっしゃる。
「それは思いつきませんでした。どのような花がよいでしょう」
なれなれしくなさらず、女房に対しても(ひか)えめに振舞われるのが上品でいらっしゃる。
若君はそれからもう一通お手紙を書くと、お(とも)にお渡しになった。
女房たちはお手紙の内容と宛先(あてさき)がとても気になっていたみたい。